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最終更新日: 2025-09-11 02:54:55
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2025年09月09日 09:11
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私が出会った在日1世~三千里の人々⑥ 安部柱司
『火山島』は歴史的事実ではなくフィクション

 渋谷の髙さんと知り合ったのは「NHKに朝鮮語講座を要望する会」との縁であったが、別れは佐藤勝巳の「北朝鮮の一級工作員と親しくして…」の一言であった。それから10年経過して、今度は佐藤勝巳と決別する。原因は『現代コリア』誌へのアジア経済研究所所員の寄稿に意見を述べたことによる。
「あの人は余り北朝鮮に詳しくないですね」
「君が北朝鮮を論じるなど百年早い」
当時の私は日朝貿易会の田中喜代彦事務局長と親しかった。私が北朝鮮との関わりを持つ切っ掛けは、公害事情の調査に見えた訪日代表団からの相談に応じたからである。その時は直接でなく、田中喜代彦を通じての相談であった。
それから日朝貿易会の田中喜代彦と話す機会が増えて、北朝鮮への知識を増やしていった。それでアジア経済研究所の北朝鮮問題に関する寄稿に、つい外れていると口を挟んだ。
当時の田中喜代彦は、日本人として北朝鮮に行く回数が多かった。田中喜代彦との会話で私の北朝鮮への知識は深まっていた。佐藤勝巳からの「百年早い」という指摘に、私は怒りを鎮めることが出来なかった。
それから10年経過して、佐藤勝巳が人を介して北朝鮮の産業事情を伺いたい、と言ってきた。その時の佐藤勝巳は「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」の会長として、絶大な社会的影響力を持っており、俺の軍門へ下れといいたげな要請であったから、なおさらに口も聞きたくなかった。
金達寿と距離を置き、佐藤勝巳と決別する。さらにNHK会の花房征夫代表幹事とも決別していくのは、私の保持する知識への「侮蔑」が切っ掛けである。私は北朝鮮との関わりで多くの人と知り合った。そして多くの人と決別したが、その中で終生、尊敬して教示を受けたのは玉城素師、野副伸一、田中喜代彦である。
その決別した中で再び、と言うか旧交を温めた一人に髙淳日がいた。仲直りした時期が北朝鮮での金正日から正恩への権力移譲の時期と重なっている。偶然だと思うが、金正恩と言えば、渋谷の髙淳日の一族の方の子供であった。『くじゃく亭通信』誌の発行の目的に私の済州島研究というか、北部九州の漁業史研究があった。
さらに、1990年9月の金丸訪朝に伴い北朝鮮の産業史の調査を職務とするに至って資料収集に励む。神田神保町で済州島に関わる幾つもの文献を見つけた。
知識が増えると、つい喋りたくなる癖は聞き役を求める。そして金石範の『火山島』の著述に間違いを見つける。私はそれを金石範の畏友である髙淳日に話したくなった。それで長い時間が経過していたが、高淳日に連絡を取った。快く、髙淳日は再会に応じてくれた。
私は髙淳日に金石範の『火山島』に間違いを見付けたと述べた。例えば、犠牲者の数がオーバーに表現されているとも述べた。
髙淳日は、「金石範は作家です」と応えた。作家は被害を強調する、犠牲者数が少し増えても問題はないでしょう、とも述べた。
髙淳日の言葉に、私は『火山島』が改めて歴史的事実でなく、フィクションだと納得した。
私が神田神保町の百円本の棚で見つけた資料のなかに、済州島4・3武装蜂起はハバロフスクの「極東コミンフォルム」からの指示によるとあった。毛沢東の大陸南進を支援するためであった。

2025-09-10 5面
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