北韓の金正恩総書記は、建国の父が嫌いなようである。故金日成主席を称える重要なイベントを三年連続で欠席したのだ。
北韓では、金日成氏の生誕記念日「太陽節(四月一五日)」は、「民族最大のめでたい祝日」とされている。ちなみにこの日(一九一二年四月一五日)は、あの「タイタニック号」が沈没した日であり、世界史的にはあまりいい日ではない。金正恩氏にとっても、めでたい日ではないようだ。
金正恩氏は執権以来、太陽節と故金正日国防委員長の生誕記念日「光明星節」や、命日その他の重要記念日に二人の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿の参拝を恒例行事としていた。とりわけ太陽節の参拝は最も重要な行事であるが、二〇二一年の参拝を最後に、三年連続で参拝しなかった(昨年の命日は参拝した)。
最高指導者の権威を最重要視する北韓ではあってはならないことだが、金正恩氏の「不参拝」、または気まぐれの参拝は平常運転のようになりつつある。
とはいえ、四月一五日が特別な日であることは、北韓住民の骨の髄まで染みついている。一昨年まで、四月に入ると北韓メディアは、金日成氏の業績を称え、北韓人民は永遠に金日成氏を慕い続けると報じた。しかし、昨年は「太陽節」という言葉でさえメディアから消え去った。今年は、ちらほらと見受けられることから全消去するのではなく、どうやら「祝賀ムード」の上書きを金正恩氏は狙っているようだ。
太陽節の当日、金正恩氏は和盛(ファソン)地区第3段階1万世帯の竣工式に出席していた。和盛住宅建設計画は、二一年の朝鮮労働党第8回大会で示された「平壌市5万世帯住宅建設構想」と党中央委員会第8期第4回総会の決定に従った、金正恩氏肝いりの建設プロジェクトである。金正恩氏は今年二月一六日の光明星節に錦繍山太陽宮殿を四年ぶりに参拝したが、早朝にさっさと済ませ、向かったのは平壌の和盛地区住宅の着工式(第4段階)だった。
祖父と父の生誕記念日に、あえて自身の業績をアピールする式典をあてたわけである。太陽節の竣工式には娘のジュエ氏が同行し、壇上で金正恩氏のファーストレディー、そして後継者であることをアピールした。
家父長制の権化である金日成氏からすれば嫡男の故金正男氏、その嫡男(ハンソル氏)こそが自身の血統を受け継ぐべき正統な後継者である。もし存命していたら側室(コ・ヨンヒ)の次男である金正恩氏が最高指導者、その娘である女性のジュエ氏が後継者候補として浮上することなど、断じて許さなかったはずだ。今でも、あの世で決して許すまじと思っているに違いない。金正恩氏は祖父の意向に反して太陽節に自身の業績を誇示し、女性の後継者をこれ見よがしにアピールした。
金日成氏の業績の矮小化、盗用、剽窃、上書きに加え、祖父の意向に対するあてこすり…など。金正恩氏は、北韓史に残る歴史修正主義者になろうとしている。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。
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