時代を投影する韓国ドラマと文学を、背景となった社会の姿を探りながら掘り下げていく、という企画のもとで始まったこの連載。いち早く市民権を得た韓国ドラマに比べ、文学のほうはさすがに簡単には受け入れられないだろうと思われた。だが、2018年、『82年生まれ、キム・ジヨン』が翻訳出版されると、ついに文学の世界にも韓国ブームが訪れた。主人公の持つ閉塞感が、日本の同年代の女性たちが感じるストレスや苛立ちと合致し、同作は29万部という翻訳小説としては異例のベストセラーとなった。その後、『アーモンド』や『ようこそヒョナム洞書店へ』が本屋大賞翻訳小説部門第1位を獲得するなど、人気はあっという間に広まった。そんな時代の流れの中、ハン・ガンがノーベル文学賞に輝き、これまであまり韓国に興味を示さなかった層までも取り込んで、韓国文学は書店や図書館で「その他の外国文学」「アジアの小説」という括りから「韓国文学」というひとつのジャンルへと昇格した。
今回はそのノーベル文学賞作家ハン・ガンの『別れを告げない』を取り上げよう。21年に韓国で刊行され、昨年4月に斎藤真理子訳の日本語版が出版された。「済州島4・3事件」をテーマに描く本作は、光州事件を描いた同作家の『少年が来る』(2014)とも相通ずる、韓国の現代史を扱った作品だ。
悪夢に苛まれ疲弊しきっていた小説家、キョンハのもとに、済州島に暮らす友人のインソンから突然連絡が入る。ケガをして済州島からソウルの病院に運ばれたという。彼女から家に残してきた鳥の世話を半ば強制的に頼まれたキョンハは、その足で済州島へと向かう。その日、済州島は大吹雪に見舞われていた。飛行機とバスを乗り継ぎ、うろ覚えの道を一歩ずつ進むキョンハ。雪片はそんなキョンハに容赦なく降り注ぎ、道を、目印を覆い隠す……。
冒頭の描写はその後の展開を予想させるような緊迫感がある。悪夢、痛み、そして極寒。それらがひしひしと読者の心に迫って来る。だが不思議といやな感じではなく、むしろ先へ先へと急かされるようにページを繰ってしまう。本当の痛み、本当の悪夢はこの先にある。それを感じてはいるのだが。
済州島を舞台に、離島に暮らす人々のさまざまな人生を描くオムニバスドラマ『私たちのブルース』は『別れを告げない』の痛みや悪夢を、また別の視点から表現したといってもいいだろう。脚本はノ・ヒギョン。ペ・ヨンジュン主演の不朽の名作『愛の群像』や『彼らが生きる世界』など、同時代を生きる視聴者の共感を呼ぶ作品を数多く手掛けてきた。言葉の魔術師と呼ばれる彼女が本作で挑戦したのは、誰もが主人公のストーリーだ。いずれも演技派として知られる俳優たちを配し、閉鎖的な島の暮らしの中で、時には手を取り合い、時には激しくぶつかり合いながら、生きる島民の姿を丁寧に描いている。彼らの暮らしの底辺にはやはり「済州島4・3事件」が暗い影を落としている。
両作品が描きたかったもの、今を生きる我々に伝えたかったものは何か?
次回は、ハン・ガンとノ・ヒギョンが作品を通して現代人に語りかけてきたものの本質に迫ってみよう。 |