1965年の日韓国交正常化に伴う協定で、日本は韓国に対して有償・無償5億ドル(当時の日本円で1800億円)を供与しましたが、それも60年前のことです。サンフランシスコ平和条約第4条によると、日本は北朝鮮に対しても債権の補償をしなければなりませんが、履行していません。
2002年9月17日、日本の小泉純一郎総理と北朝鮮の金正日国防委員長の間で発表された日朝平壌宣言の時は、大きなチャンスでした。日本側は、過去の植民地支配について「歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を表明しました。しかし、日本側は同時に、「1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄する」との「基本原則」を北朝鮮側に認めさせました。
そして日本側は、国交正常化交渉において「無償資金協力」などの経済協力を実施することになりました。前号(第50回連載)で指摘した通り、パネー号事件で日本はアメリカに対し、請求額の200万ドルを直ちに支払っています。
つまり、「請求権を放棄する」ことは戦後処理に当たっての「基本原則」とはなっていないのです。このような点に、私は日本政府役人(外務省)の姑息さを感じます。
昔、自身も外務省の役人(事務次官)だった須之部量三さんは、「日本の役人は、中国の周恩来から認められるほど頭脳明晰なのかもしれない。結果として、相手国に支払う賠償金を値切ることはできたのだが、国家としての大切な『徳』はなくしてしまった」と表現していましたが、勇気のある発言でした。つまり、北朝鮮との交渉も日韓条約のときと同じ構図になりそうだったのです。
これまで、植民地支配や慰安婦問題で原則的な主張を行ってきた北朝鮮への対応にしてはあまりに現実的だったので、私も戸惑ったものでした。それでも、日本による経済協力であろうと、実現すれば莫大な金額になるはずです。
これまで何度か取り上げたように、サンフランシスコ平和条約第4条には、国交正常化前であっても、郵便局の債権など、日本に対する北朝鮮の人々の有している債権の処理について「特別取極」を締結しなければなりません。郵便貯金などですから、早急に清算しなければ意味がありません。日本がこの「特別取極」を怠っているのも恥辱的ですが、上述の国交正常化に伴う「経済協力」も放置してよいものではありません。
確かに、北朝鮮は核ミサイル問題などで日本の脅威となり、制裁の対象にするなど、先決事由となる議論もあるでしょう。しかし、歴史的順序からいえば、52年にサンフランシスコで義務付けられた「特別取極」は最優先に解決すべきで、国交正常化に伴う戦後賠償・補償も国家として、早急にけじめをつけなければなりません。
ところが、日本は様々な理由をつけて、義務履行を先送りにしています。核・ミサイル問題もそのひとつですが、拉致問題も背景にあるのが明らかです。
何よりも、上記の小泉訪朝時に北朝鮮との間の国交正常化交渉が始まろうとしたとき、これにブレーキをかけたのが拉致問題でした。日本人の同胞である横田めぐみさんのような少女を拉致するなど許せるものではないと世論が沸騰したのです。特にめぐみさんのお母さんの早紀江さんの訴えは世論を動かしました。元慰安婦の金学順さん(第9・10回連載)に継ぐような、それを超えた影響力があったのです。しかし、それで他の問題を放置してよいものなのでしょうか。 |