憲法裁判所による大統領弾劾裁判開始から1カ月が経ち、被告の尹錫悦大統領と原告の国会が激しい攻防戦を繰り広げている。尹大統領は4日に行われた第5回弁論で、戒厳令当時、政治家の逮捕を指示したとの主張に対し「湖面に浮かぶ月の影を捕らえるようなもの」と比喩し疑惑を否定した。
(ソウル=李民晧)
■湖面に映る月影を捕らえる
この表現に対する疑問が噴出すると、大統領側の石東炫弁護士は次のように説明した。
「今回の内乱捜査や弾劾裁判について大統領は、『湖の中の魚を獲るのではなく、湖面に映る影を追って月を捕らえるような実体のない捜査であり、つかみ所のない裁判である』という趣旨だ」
大統領によるこの発言は、同日証人として出廷した洪壯源・前国家情報院第一次長が「戒厳令当日、尹大統領と2回電話で話した。当時、大統領は『全員逮捕しろ』と言った」との主張に対する反論だった。
この「国会議員を逮捕するよう命令した」との証言に対し「実体がない」と反論したものだ。広義では「内乱は実体のない虚像」「世論に振り回されず、法に基づく判決を求める」といった心境の表れとも捉えられる。
同日、尹大統領は洪前第1次長と2回電話で話したという事実を認めた上で、「戒厳事務ではなくスパイ逮捕と関連して国軍防諜司令部を助けるように言った」と証言した。尹大統領は「国情院は捜査権がなく、逮捕どころか位置追跡ができない。(逮捕に関する内容)そのものがとんでもないことだ」と付け加えた。
洪前次長が尹大統領が指示したという「政治家逮捕リスト」の原本はない。表に出たのは同氏のメモだけだ。
そのため、同氏のメモが捏造されたのではないかという疑惑を受けている。尹大統領は、「弾劾から内乱扇動が、昨年12月6日、洪次長のメモが共に民主党の朴善源議員(文在寅政権の国情院第1次長)に渡されたことから始まった」とも証言した。
■世論を二分する戒厳令の評価
12・3戒厳令に対する評価は立場によってさまざまだ。尹大統領と保守陣営側は、「不正選挙の真相を究明するためには必然だった。国会に派兵したのは鎮静化をはかるためであり、誰かを逮捕するためではなかった」と述べている。
今回の弾劾裁判における最大の争点は、「大統領が軍を動員し、国会による戒厳令解除の阻止を図ったか否か」という部分だ。尹大統領は、当時の具体的な指示内容については言及していない状況だ。国会に進入した軍に「国会議員を引きずり出せ」との指示を下したか否かについて、「突然そのような指示が出せるわけがない」「国会議員という表現を使ったことはない」と反論した。
■「法」は世論や感情に左右されてはいけない
「月影」という表現は、日本の裁判で下された判決を引用したものだ。1934年、検察が起訴した汚職事件で、石田和外裁判官は判決言い渡しの際、「水中に月影を掬するが如し」と述べた。明白な証拠がない場合や、事実に基づかない容疑は「罪として認められない」という意味だ。
日本の司法文化は「法の解釈が世論に左右されてはならない」という認識が基本だ。
しかし韓国では、司法の場にも世論の影響や個人の信念が作用するとの疑念がもたれている。そのため、韓国の司法に対する不信感は根強い。
憲法裁判所は法に基づく明確な判決を下すのか。法は、世論や個人の感情に影響されない公正なものだからこそ”法”といえる。
湖面に映った月を手に入れようとする実体のない捜査は今後、どのような展開を見せるのか、注目していきたい。
 | | 憲法裁判所の弁論に出廷した尹錫悦大統領
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