北韓の正式名称は朝鮮民主主義人民共和国だが、あの国家には民主主義という言葉はあっても概念すらない。加えていうなら、自画自賛する社会主義体制でもない。政治体制という切り口からすれば、最もふさわしいのは「金正恩王朝」だろう。
金日成から正日、正恩という3代世襲に飽き足らず、年端のいかない自分の娘を前面に押し出して、70代、80代の朝鮮労働党の重鎮や北韓軍(朝鮮人民軍)の大将クラスすらも侍従させ4代世襲の道を歩み始めているわけだから、独裁王朝体制そのものである。さらに、金正恩氏は娘だけでなく甥と姪の姿もさらしながら、完全無欠の金正恩王朝でも作ろうとしているようだ。
北韓では毎年、12月31日から1月1日をはさみ「新年慶祝公演」、いわばカウントダウンライブを行っている。その様子を伝えるテレビ番組で、金正恩氏の妹の金与正朝鮮労働党副部長が、小学校低学年と思しき女児と、就学前と思しき男児を連れてメーデースタジアムに入場するシーンが放送された。「首領様(故金日成首席)と将軍様(故金正日総書記)の時代には、実子の情報が神聖不可侵のものと考えられていたが、元帥様の時代には、ご子息の姿を次々に公開している。時代が変わりつつあると驚いている」(情報筋)。
筆者は金与正氏の過去の体型の変化から、2015年に一人目、18年に二人目を出産したと見ていたが、金与正親子と断定してもいいだろう。韓国国家情報院も同様の見方を示す。デイリーNKの内部情報筋によると、放送を見た北韓・平壌市民すらも金与正親子だと認識しつつ、つぎのように伝えてきた。
先代とは打って変わって、家族を前面に出す戦略に、親近感を抱く人も増えているとのことだ。「元帥様のご子息に次いで、急に金与正副部長のご子息が公開されたのは驚くべきことだ。首領様や将軍様の時代とは異なり、親近感を感じる」(平壌市中区域の住民)。
肯定的な見方がある一方で、「国民に温かいイメージを植え付けようとする意図が見える」との意見もあったという。親近感を感じつつも、その裏にあるプロパガンダ戦略を見抜いているということだ。また、「今回の行事は家族を強調する空気だった」との意見もあり、少子化対策の一環のイメージ戦略と受け止めている人もいるようだ。「国家行事にお二方のご子息を連れて出た金与正副部長の新たな姿だと語るのは悪いことではないが、市民の間に様々な噂が飛び交い、(朝鮮労働)党の一部機関はこれを自粛させようとしている」(情報筋)、「党機関は、市民の間で交わされる噂を流言飛語(デマ)とも言わず、『誰もわからないのだから、あまりあれこれ言わずに、とりあえずは見るだけにせよ』とソフトに対処している」(同)。
そんな対応に、首を傾げる人もいる。「人びとが集まってこれほどあれこれ語れば、保衛部(秘密警察)が取り締まりをするものだが、今回はそんなこともなく、珍しいとのリアクションだ」(情報筋)。
金正恩王朝体制の構築が着々と進む中、残念ながら北韓内からは、それに異を唱える声は聞こえない。それをいいことに、金正恩氏は今後も様々な分野で、金正恩の血族のみが北韓を支配できるのだと露骨にアピールするだろう。
21世紀にもなって韓半島北部に、たった一人の絶対神とそのファミリーが民主主義だ、社会主義だと強弁しながら、都合よく民衆を支配し苦しめているというのは実にグロテスク極まりない。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |