地方へ旅に出る時は、国民的歌手・趙容弼(チョー・ヨンピル)のアップテンポなロック曲『ヨヘンウル トナヨ(旅に出よう、1985年発表)』が頭に浮かんでくる。 ソウルや東京に暮らす人々は、都会の喧騒や林立するビル街を抜け出し、車やバス、列車に乗って遠出する。 旅の玄関口のひとつはソウル駅だ。ガラス張りのスタイリッシュな駅舎の完成からしばらくして、今年で誕生から20周年となる高速鉄道KTXが開通した。2018年の平昌五輪の直前には江陵(カンヌン)線KTXが開業し、東海岸の江原道・江陵までは約2時間で行けるようになった。 大関嶺 川端康成の小説『雪国』の冒頭では、清水峠の国境の長いトンネルを抜けるが、KTXはそれよりも長い21・75キロメートルの大関嶺(テグァルリョン)トンネルをくぐる。江陵にはラグーンの湖で、桜の名所でもある鏡浦湖、広々とした白い砂浜の鏡浦海(キョンポホ)水浴場があるリゾート地だ。 湖のほとりには母子そろって紙幣の肖像となった申師任堂(シンサイムダン)と李珥(イ・イ)の生家・烏竹軒(オチュッコン)といった名所がある。海水のにがりを使った草堂純豆腐(チョダンスンドゥブ)は、この地域の名物料理だ。江陵港の近くには海岸沿いにカフェが並ぶ安木(アンモク)コーヒー通りの人気も高い。ソウルからでも充分に日帰り圏内だ。 平昌・大関嶺付近にはスキー場が多く、ウインタースポーツの聖地だ。スキーのジャンプ台があるアルペンシアリゾートや龍平リゾートが有名だが、例えるならば越後湯沢駅近くの苗場スキー場や、神立スノーリゾートといったところか。越後湯沢とは異なり、大関嶺に温泉地はないが、付近のなだらかな丘には、牧場が広がるなど高原の風景を満喫できる。また、群馬では嬬恋高原キャベツ、長野では川上村のレタスが有名なように、平昌から江陵にかけては、夏に高冷地栽培による白菜の生産が盛んで、キムチの材料にもなる。平昌付近はそばの産地でもあり、長野の信州そばが有名なことにも似ており、ともに冬季五輪が開催された地域だ。 越後湯沢 ソウルを囲む京畿道の休養地は、〝MT〟と呼ばれる学生の合宿先にも選ばれやすい。都心から1時間以内で行ける北漢江沿いの加平(カピョン)や楊平(ヤンピョン)にはペンションが多く、スポーツやゼミ合宿で富士五湖や外房などに行くような感覚だろうか。 東京から北上すると、埼玉北部や群馬付近に水田が広がるが、ソウルに近い米どころは南漢江の支流が流れる利川(イチョン)で、王に献上されたブランド米の産地だ。この地域には温泉もある。群馬では硫黄泉で名高い草津温泉、その〝仕上げ湯〟のひとつでもある伊香保温泉は、ともに温泉街の情緒も魅力だ。利川は通勤型電車の京江線で行けるが、沿線の広州(クァンジュ)・昆池岩(コンジアム)にも駅があり、近隣にはスキーリゾートが存在する。夏季にもリフトが運営されて樹木園を楽しめるほか、河川が流れる様子も美しい。また、驪州(ヨジュ)には世宗大王陵、市内には大規模アウトレットモールもあり、静岡・御殿場のような存在といえるだろうか。 その他の温泉地では歴代王が保養に訪れた忠清南道・牙山(アサン)の温陽(オニャン)温泉が有名で、駅前には観光ホテルや、銭湯のような温泉施設がある。KTXと列車を乗り継ぐと、ソウル駅からは約40分で、東京駅から新幹線で約40分で行ける熱海温泉のような場所だ。熱海には00年に金大中大統領が訪れて、日韓首脳会談が開催され、その記念として熱海梅園内に韓国庭園が造成されている。 仁川は中華街や月尾島(ウォルミド)の遊園地が有名だが、仁川港付近の沿岸埠頭(ヨナンプドゥ)に行くと海水風呂の銭湯が多く、近くには海産物が豊富な仁川総合魚市場がある。仁川では金浦市寄りの蘇莱浦口(ソレポグ)にも魚市場が賑わい、始興(シフン)市にある烏耳島(オイド)には貝焼きの店が多く、いずれも海鮮グルメが楽しめる。都心から木更津や三浦半島に足を延ばす感覚だろうか。涼やかな秋の季節こそ、近郊へのおでかけを楽しみたい。 |