首領の思想体系と領導体系を規定した10大原則は、党の行動指針として組織や団体生活はもちろん、個人の日常を完全に支配する。このため労働新聞に掲載された金日成の写真一枚も間違って扱えば政治犯の扱いを受けることになる。
北韓では紙が不足していることから、労働新聞が最良のタバコを巻く紙として使われるが、金日成・正日親子の写真がある面でタバコを巻いたのが問題となって人生がダメになった人々が少なくないという。
甚だしくは、公演のため平壌を訪れる外国の芸能人たちは、訪問する前に観客に向かって指をさす動作をしてはならないことを教育されることになる。なぜなら、観客の大部分が胸に金日成バッジをつけており、これを指でさすのは金日成に指さしするとみなされ兼ねないためだ。
北韓の辞書や教科書をはじめ、公式文書は言うまでもなく、個人が雑誌・出版物などに寄稿した文でも必ず金日成・金正日の「教示」を引用しているのは、まさにこの10大原則に基づくものだ。
10大原則第4条7項は、「報告、討論、講演をし、出版物に載せた文を書くとき、必ず首領様の教示を丁寧に引用し、それに基づいて内容を展開、それに反して話すか文を書くことがあってはならない」と明示している。10大原則の第5条1項は「金日成同志の教示を法や至上命令と思い…」と規定、金日成(金正日)の言葉(教示)が法であり、逆らえない至上命令であることを明確にしている。「10大原則は金日成に対する忠実性を基本尺度として幹部を評価、選抜配置せねばならない」(第9条7項)と明記している。
首領の思想および領道体系が、いわゆる「国土完整」、つまり韓半島の赤化統一を目標と掲げているだけに、韓半島の冷戦で野蛮で無慈悲な結果をもたらした。金正日が下した「新世代工作員」教育に必要な外国人たち拉致命令も、直ちに無条件執行された。日本人だけでなく、平壌側が工作拠点、基地とする諸国で国家テロ犯罪の拉致が行われた。
平壌側は6・25戦争中、金日成の指令で、大韓民国国民を10万人以上、組織的に拉致した。休戦後も数多くの韓国人が北側に拉致された。海外旅行・滞在中の多くの韓国人が失踪した。金正日が指令した新世代工作員養成のための教官要員として、1970年代後半から韓国でも海水浴場などで高校生が拉致された。
労働党工作機関は金正日の統治体制強化に奉仕し始めた。77年7月28日、ユーゴのザグレブで発生した映画俳優の尹靜姫、ピアニストの白建宇夫婦誘拐未遂事件は、平壌から派遣された工作チームが試みた。
当時、尹・白夫婦を共産国家のユーゴに誘引した平壌の下手人は、東ベルリン事件(67年)に連累した画家の李應魯の妻・朴仁京だった。尹静姫・白建宇夫妻はザグレブ駐在の米国領事の助けで脱出した。そして半年後、労働党宣伝扇動部長の金正日が指導する北韓映画制作水準を高めるため、女優の崔銀姫(78年1月)、申相玉監督夫婦を拉致した。
70年代以降の韓半島の南・北韓対決は、首領の思想体系と領道体系を規定した10大原則を韓半島全体に拡大するか、これを阻止・粉砕するかが闘争の本質となった。朴正煕大統領が「維新体制」を決心したのは、同盟国の米国から捨てられた状況で自主国防のための重化学工業建設と同時に、金氏王朝の極端な神政体制に対抗するための国力を結集、動員するためのものだった。
(つづく) |