北韓がまた弾道ミサイルを発射した。
防衛省によれば、二月二七日に発射された一発の弾道ミサイルは、日本のEEZ(排他的経済水域)の外側に落下したと推定されている。北韓は一月、七回ものミサイルを発射したが、二月に入ってピタッと止んでいた。北京で冬季五輪が開催されていたからだ。国際社会で傍若無人な振る舞いを繰り返す金正恩総書記も、ミサイル発射で中国・習近平国家主席の顔に泥を塗るわけにはいかなかった。
三月四日から予定されているパラリンピック期間中にミサイル発射に踏み切るのかどうかはわからない。しかし、障害者問題に限らず普遍的な人権感覚が欠如している北韓は五輪ほど配慮しないだろう。いずれにせよ、金正恩氏にとって今がミサイル発射の撃ち頃といえる。
今、国際社会で最も懸念されているのは、ロシアの侵攻によって危機的状況を迎えているウクライナ問題だ。米国をはじめとする西側諸国、そして国連は北韓のミサイル問題に積極的に関与する余裕がない。金正恩氏は、このタイミングを、ミサイル発射に対する国際社会の圧力を無力化し、自身が掲げる国防力強化を規制事実化できる機会と捉えているはずだ。
金日成主席生誕一一〇周年(四月一五日)に、金正恩氏は自身の朝鮮労働党トップ一〇周年を記念しながら、「米国をはじめとする国際社会の反発を跳ね返して、我が朝鮮はこれまでにない国防力を発展させた!」と自画自賛するだろう。さて、ウクライナ問題に関して北韓はやはりロシアを支持する姿勢を明らかにしている。
北朝鮮外務省は研究者の談話という形で、「ウクライナで起きている事態はロシアの安全保障上の要求を無視し、一方的に制裁や圧迫に固執してきた米国の強権と横暴が根本的な原因だ」として米国を非難し、ロシアを擁護した。金正恩氏はトランプ元大統領と会談をもったが、その後、米朝関係は明らかに停滞している。核ミサイル開発や人権問題で散々非難を浴びてきた北韓にとって、ロシア擁護が招く反発やデメリットなどさしたるものではないのだろう。なによりも、北韓外務省が主張するように、米国を非難する材料にもなる。さらに、核開発再開を正当化する理由付けとしてウクライナ危機を利用できる。
ウクライナは一九九一年のソ連邦崩壊にともなって独立した。当時、ウクライナには1800以上の核弾頭とICBM(大陸間弾道ミサイル)があったが、一九九四年に米英露などと「ブダペスト覚書」を締結し、核兵器放棄の代償として、領土の安全性と独立的主権が保障されることになった。一九九六年に全ての核兵器がロシアに渡され非核化を完了した。
しかし、今回のロシア軍侵攻によって「ブダペスト覚書」は反故にされた。金正恩氏は、ロシアのウクライナ侵攻を見ながら、「大国は必ず約束を反故にする。やはり核を手放してはならない」という思いを強くしているだろう。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。YouTube高英起チャンネルでも情報発信中!
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