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2021年05月19日 00:00
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ノースコリアンナイト~ある脱北者の物語(51)「土地改革」の悲惨な実態と権力者の専横

 1945年8月15日以後、ソ連のスターリンに抜擢されて北朝鮮の統治者になった金日成が同年10月10日に「朝鮮労働党」を創建後、初めて行った政策が「土地改革」だった。1946年3月5日に「無償没収・無償分配」を掲げ断行したこの政策を、現在も金日成の功績と称している北朝鮮・朝総連とそのシンパだが、実際は改革の対象であった地主と農民双方を苦しめる政策だった。
当時、無償で土地を没収された地主たちの大半は韓国に逃げ財産は失ったが、命と自由を手に入れた。逃げる機会を失った地主らと、金日成に未練を持っていた地主らは、全員「敵対階級」として「人民審判」にかけられ命を落とした。無償没収に異議を唱えた地主らは大体、農民たちに暴行されて命を落とした。権力の暴力も怖いが、貧しい人たちの無知ゆえの暴力も怖いものなのだ。
当時はまだ北朝鮮が建国されておらず、臨時政府時は正式な憲法などなかったが、北朝鮮はあったとしても意味がない。「法より拳・法より権力」の構図は今も変わっていない。
一方、「無償分配」は土地所有権がない耕作権だけで、土地を手に入れたと喜んでいた無知な農民たちは地主に代わって北朝鮮政府・金日成に搾取されることになっただけだった。むしろ、より悪くなって代々農民階級から抜け出せない金氏一族の農業奴隷になった。いまもコメを生産している農村地域でも餓死者が発生している。
ドンスの母の5人家族がこの奴隷身分になって平壌から追放されて行った所は最近、北朝鮮関連ニュースによく出てくる新浦(シンポ)市の農村地域だった。この農村は砂利が多い畑で、主な生産物は黒葡萄だった。北朝鮮で唯一のとても美味しい黒葡萄生産地だった。生産物は金氏一族と幹部専用の葡萄酒などを造っており、一般人の口に入ることはなかった。だから北朝鮮に黒葡萄生産地があることを知っている人はかなり少ない。
私は、父の親戚がその地域に住んでおり、たまに祖母に送ってくれたものを食べていた。
その琴湖(グムホ)という地域は、1994年に第1次北朝鮮核危機を封じるジュネーブ協議によって核凍結代価として軽水炉提供が始まったところだ。軽水炉関連については極秘事項で、そこに住んでいた住民たちは中央から派遣された指導幹部らが隣接農場などに配置した。その移動には厳重な箝口令が敷かれ極秘で行われた。この組織的な移動の際に戸籍がないドンスの存在が発覚した。飼っている動物でさえも人民班長が把握している北朝鮮で、戸籍がない人間の存在はあり得ないことだった。
ドンスの実の父は、いつもと同様にドンスの母を中央から来た指導幹部たちの酒席の場に差し出した。弱点を握って攻める策を取ったのだ。ドンスの実の父はその農村のトップ幹部で、親族には平壌に住む幹部もいたので大きな問題にならなかった。新しい転居先にドンス母子を連れて行けなくなった彼は、自分の親戚に後始末を頼んだ。都市で建設事業所の党秘書(ひとつの組織のトップ)をしている親戚は、自分の腹心の部下と彼女を結婚させた。ドンスの母は、田舎の農民身分から解放されドンスを都市の子として育てることが出来たことを、不幸中の幸いだと喜んだ。ドンスの新しい父はその後、党秘書のいろいろな企みで出世して事業所の支配人になった。
北朝鮮で従業員の人数と扱う仕事の重要性で分けるレベルの中で、3級事業所の支配人となった。従業員が約700人で、ある程度影響力がある事業所だ。当時の北は経済破綻のさなかで、建設事業所には仕事も建材もなかった。従業員に給料を払わないといけないのに支配人自身が食べる物もなかった。
ドンスはいつも言葉数が少なく暗い顔をしていた。その理由の一つが、このような家庭内事情のためであった。金氏一族が支配する北朝鮮で、全ての家族が不幸になるのは当たり前のことであろう。   (つづく)

2021-05-19 4面
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