前回に続いてドンスという男の子の話をしようと思う。そのためには、北朝鮮のいろいろな社会政治の仕組みと、当時の状況を話さないといけない。なぜなら、北朝鮮の事情をよく分かっていない人と、北朝鮮当局と朝鮮総連、親北朝鮮派の人たちが、嘘によって北朝鮮を美化しているからだ。
学生児童図書館で私が中学校1年生のドンスと出会ったのは1995年5月だった。4月から区域図書館で仕事を始めた私は、図書館の細胞秘書(朝鮮労働党末端組織である「細胞組織」の責任者)のいじめで、別館の学生児童図書館に異動させられた。学生児童図書館は区域図書館内の行政組織で同じ建物の中にあるが、ここは面積が小さい関係で本館と分離していた。
北朝鮮の図書館は朝鮮労働党の宣伝扇動部管理組織で、私のような身分(北朝鮮が決めた「出身成分」)が悪い人は就職できない職場だ。北朝鮮には「出身成分」と「社会成分」という、国が決める身分制度があって、出身成分は社会成分より重要だ。この二つの成分が悪い人は、いくら優秀で誠実でも入れない場所があった。図書館の就職処もその中の一つだ。細胞秘書の言葉を借りると「このような『神々しい職場』に汚い身分の者が入って、毎日気分が悪い」と、公然といじめと蔑視と差別をしていた。上級党員から叱られた日、自分の子に問題が起きた日、旦那と揉めた日などなど、細胞秘書はその日、その瞬間の気分によって私をいろいろな強度でいじめていた。
北朝鮮では、全国民が成人になると最初の目標として決める「朝鮮労働党員」になることを、私は一度も希望しなかった。「朝鮮労働党員」の非人間的・非良心的で残酷な面を小さい頃から見てきたからだ。私の家族に「朝鮮労働党員」が一人もいないのを非難されて、からかわれても私は平気だった。「朝鮮労働党員」は私を汚い人間扱いするけれど、私は少なくとも「朝鮮労働党員」より良い人間だと心の中で自負していた。
細胞秘書の性格から、私に対するいじめが必ず日々エスカレートすることを予想した館長は、私を本館と離れている学生児童図書館へ独断で異動させた。その後、館長は細胞党会議で細胞秘書から酷く叩かれたと聞いた。
仕事は楽しかった。学生児童図書館でも、漫画をはじめとした全ての本に金氏一族を賛美する洗脳内容が含まれていても、まだ純粋な子どもたちと触れ合う方が大人たちを相手にするより何百倍も楽しかった。また最初の夢が教師になることだったので、図書館に来る学生児童たちの質問に答えて教えてあげられるから「仮教師」でも嬉しかった。
私の身分では仕事ができない就職先には「教師」もあって、10歳の頃からの教師の夢は15歳の時に諦めていた。大学卒業の時に教師になる機会があったが、断った。私が教師として教えることになる電気工学部の授業も毎回、授業の始まりに「偉大なる首領さまの教示(お言葉=勅語)」を引用して、専門部門の短い思想教育をしないといけないのだ。教壇に立って教えることには嘘が多く、そうでない知識だとしてもそれを活用する現場が嘘まみれになっているのをよく知っており、大学側の格別の配慮にも、人生で2度と出会えないかもしれないチャンスを棒に振るしかなかった。学部長の提案にNOと返事をして、帰る時はずっと泣いていた。「千載一遇」の機会が来ても、拒むしかない北朝鮮の現状に虚無感しかなかった。
図書館に来る子どもたちは北朝鮮の一般家庭、つまり中間レベルの家庭の子が多かった。
幹部と金持ちの家庭と、下のレベルの家庭の子は大体来なかった。「世界一平等で幸せな国」を自称する北朝鮮で、子どもたちは自分が行ける場所・行けない場所を、例え大人が学校や家庭で、もしくは言葉で教えなくても、「勘」で知っていた。
(つづく) |