克服課題は「部族的感情」 中国を大国と捉える依存性
自由と独立精神の構築を
李栄薫(李承晩学堂校長)
| 李栄薫氏 |
大韓民国は、世界史に例のない短期間で国民国家の建設に成功した国だ。ところが、2年前の朴槿惠大統領の弾劾事変のとき、韓国社会はある日、理性と常識と法治が麻痺、崩壊する総体的な精神的障害を起こした。政治家や知識人社会まで精神的な未熟さをさらけ出した。政府組織やメディアでは、相互批判や均衡、検証能力が麻痺した。民主政治制度が脆弱な点があるとはいえ、人類史上最高の教育熱を誇った韓国社会が、偽りと真実を区別できず、法治の崩壊を是正しようとしない。果たして韓国は真の先進国になれるのだろうか。この問いに対して、経済史学者として歴史を研究してきた李栄薫先生(李承晩学堂校長)の講演を紙上中継する。
政治・経済ともに危機的な状況
今日、この国は政治、経済、社会のすべての方面で危機を迎えています。いつ可視化するか分からない潜在的な危機状態です。1998年の外貨支払い不能の国家不渡り事態の際、すべての国家経済が深刻な危機を経験しました。そのときのような破局が近いうちにまた襲ってくるのではないかという危機感が、韓国の国民を憂鬱にしています。
韓国経済は活気を失って久しいです。企業の投資が萎縮しており、零細自営業の没落が深刻です。若者たちの失業はもっと深刻な状況です。政府は、このすべての結果を十分に予測できる悪性かつ分配志向の、規制一辺倒の政策に固執しています。
政治はもっと暗鬱です。われわれ自由市民は2年前、大統領の弾劾という途方もない政治的変事を経験しました。その変事を振り返ると、今でも精神が混迷してきます。大統領がどういう大きな過ちを犯したのか、果たして賄賂を受けたのかが明確でなかっただけでなく、仮にそうだったとしても、それが弾劾の事由になるのかも納得できません。弾劾に成功した勢力は、彼らが政治的に勝利したと信じています。それで十分であり、正当だと叫んでいます。弾劾が下された日、国民の半分は祝杯をあげましたが、残りの半分は弾劾に対して悲痛の涙を流しました。国民の心はずたずたになりました。これは今後、何年も続く途方もない政治的葛藤とそれに伴う破局を予見しています。
新しい執権勢力は、北韓の3代世襲王政に対して融和政策を取ることで北韓の核脅威を解消し、さらに民族の統一を成就できると信じています。「わが民族同士」というスローガンが理念と体制の違いから発生する葛藤と対立を封鎖できるものと楽観しています。それは迷信であり幻想です。(中略)
私は長い歴史の観点から、この国の昨今の危機的状況を眺望します。それは決して見慣れないことでも、新しい現象でもありません。以前からずっと存在したもので、ついにわれわれが恐れるほど可視化しただけです。危機の根本的な原因は、自由と独立の精神、その理念の欠如です。自由とは何ですか。大多数の韓国人はそれについて学んだことも、考えたことも、実践したこともないのが自由です。自由と独立は、他人の干渉と圧力を受けない状態を意味しません。(中略)
自由と独立の精神は、勤労し貯蓄し分業し交換し競争し開放し通商することです。自由と独立は結局、文化です。ある国の国境内に閉じ込められて、外の世界を知らず、他の地方と他の民族と他国を排斥し、それに敵対する人間なら、真の自由人とは言えません。自由は世界に向けた冒険であり、世界を舞台にした通商であり、世界と競争する学問と科学です。
このような自由と独立の精神を韓半島で最初に悟り自由の旗を揚げた人は、われわれの建国大統領の李承晩です。1904年、漢城監獄の中で、青年李承晩が『独立精神』を著し同胞に伝えた自由と独立の精神がそうでした。(中略)
精神史はいまだ朝鮮時代のまま
李承晩がかつて説いたその自由と独立の精神をまだ大多数の韓国人は分からないか、それに敵対的です。そのため、危機は潜伏した状態で連続してきたのです。朝鮮が滅びた原因は何だったのかも知りません。ひたすら凶暴な倭が攻めてきて、われわれの美しい社会と文化を破壊したとばかり話すだけです。(中略)
崔南善先生の表現を借りれば、この民族は国を建てることにも失敗しました。どんな国が建てられたのかが未だ分かっていないためです。民族が割れたから、この国は誤って建てられた国だと言います。韓国の国史学の主流が、われわれの建国史をそう教えてすでに一世代経ちました。民族統一が最優先だ、民族は永遠で理念は一時的にうねる波に過ぎない、そういう饒舌で建国を呪詛した政治家を高く仰いでいます。共産主義はわれわれが行くべき道でない、決して脱け出られないどん底だ、南韓だけでも先に生きてから北韓から共産勢力を追い出すべきだと主張したわれわれの建国大統領の李承晩は、あらゆる悪口や罵りの対象になってきました。
自由と独立を知らない大韓民国の精神史は、依然として朝鮮時代にとどまっています。そのため滅びるにも失敗したその危機がまたやってこないという保証がどこにもないということです。ある国の政治と知性が自国の建国史を否定し批判すれば、その国はすでに滅びたも同然です。そのため危機はすでにずいぶん前に発生し、成熟してきたというのです。
いろいろな国の歴史を勉強すれば、野蛮と文明の時代を区別するのが容易でなく、両者は長い間共存してきたことが分かります。文明の時代の象徴として国家が成立したというが、部族社会の特質を依然として共有します。歴史のある段階で文明のレベルが高くなって野蛮の上端、つまり部族社会の特質から完全に解放されます。人間社会が部族的象徴から脱皮し、科学と合理の世界へ進入します。そのような文明史的な経験をした国々が今日の先進国です。宗教改革以降の西欧です。幕藩体制下の近世の日本です。私は、韓国史でこのような文明史的な経験はなかったか不完全だったと思っています。
精神文化の遅滞が、20世紀の韓国史を貫通してきました。20世紀に展開された韓国近代化の歴史は、大多数の韓国人には無賃乗車の歴史でした。国が滅びるにも自分の責任ではなく、国を建てるのも自力ではなかったからです。近代文明の法、制度、機構は日本の支配と共にこの地に移植されました。それにもかかわらず、韓国が去る70年間、このような大きな成就を成し遂げたのは、李承晩と朴正煕大統領に続く創造的少数が、彼らの権威主義の政治が国を正しく建て、正しく基礎を築いたためです。自由と独立の精神をもって国を建て経営してきたのです。にもかかわらず、韓国人が歴史から受け継いだ遅滞し歪曲された精神史に大きな変化はありませんでした。
韓国の種族主義は国際的に不均衡
ここで結論を言います。昨今、われわれを憂鬱にする危機の根源には、歴史以来古い、野蛮の上端に根ざした種族主義がそのまま位置します。種族主義は近代科学の合理的な精神世界と遠いものです。種族主義の精神はシャーマニズムとトーテミズムに基づいています。種族主義の社会は、一挙手一投足が迷信と嘘でできています。何が真実で何が嘘なのかが区別できません。種族主義の政治は嘘の扇動です。種族主義の政治は、敵対種族の存在を前提とする呪いと警戒の連続です。
私は今日、韓国の民族主義はこのような種族主義の特質を強く持っていると思います。人間は感情の動物です。どの国でも民族主義や国家主義の感情から完全に自由ではありません。民族の神話を生み出し象徴を操作します。そのように前近代の地方民を近代の国民として統合したのが民族主義の役割です。神話と象徴の操作の度が過ぎて、民族主義は他民族を侵略する帝国主義の論理となってしまいました。今日の米国、西ヨーロッパ、日本のような先進国では民族主義は昔の話になってしまいました。
しかし、民族主義は歴史的に前近代の身分制や王政を否定し、民主主義と共和主義を高揚する肯定的役割を果たしました。残念ながら、韓国の民族主義は、それに付与された歴史的な責務に失敗しました。国民を統合するよりも国民を分裂させました。国家の正統性を高揚するより、それを貶めることに没頭しました。韓国の民族主義は、先進国の民族主義が遂行した国民の統合という最小限の役割を果たしていません。それは韓国民族主義のもとをなす種族主義の特質のためでした。
韓国の種族主義は、その国際感覚において不均衡です。日本に対しては無期に敵対的である半面、中国に対しては理解できないほど寛大です。中国政府が、中国に進出した韓国企業に不当な措置を取っても怒らないのです。中国の指導者が、韓国はもともと中国の一部だったと言っても問題とせず過ごします。後進の中国を、あたかも世界をリードする強大国と錯覚します。500年間、中国を父の国として仕えた朝鮮王朝が残した文化的遺伝子であると思います。韓国の種族主義は反日種族主義と親中事大主義でできています。(中略)
私たちは、私たちが取り上げるテーマにいかなるタブーも認めません。この国は自由民主の国としての思想と学問の自由を保障しています。私たちはそれを信じて進みます。私たちは、大衆の憤怒を恐れません。真に恐ろしいのは、この民族の種族主義が結局、この国を失敗へと追い込んでしまう、その蓋然性が高い危機そのものです。皆さんの積極的な批判と建設的な議論は遠慮いりません。むしろ、それは願ってもないことです。(後略)
李栄薫 1951年生まれ。経済史学者。ソウル大学経済学部卒、博士号。成均館大学の教授を経てソウル大学教授。2018年から李承晩学堂校長。李承晩TV代表。『大韓民国の物語』など著書多数。 |