ログイン 新規登録
最終更新日: 2017-07-24 09:16:41
Untitled Document
ホーム > アーカイブ > 小説
2010年01月25日 11:36
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
序曲(52) 金鶴泳

 洋子が祥一の引越し先のアパートの部屋を見に、西荻窪にやってきた日は、前日まで空を覆っていた雲が消え、からりと晴れ上がっていた。
 どうやら、梅雨は明けたようだ。空にまぶしく光っている太陽は、すでに夏のそれだった。ところどころに高層雲の塊が浮いている空は、すでに夏の空の青さを帯びていた。
 祥一は、午後一時ちょうどに、駅の傍にある喫茶店「L」に行った。入口のすぐ近くに、薄く紫色がかった半袖のブラウスと、深いベージュ色のスカートを身につけた洋子が坐っていた。
 洋子は、律儀なほどに約束の時間を守る女である。約束の時間の、少なくとも五分前には指定の場所に着いている。
 教養学部のとき、ある同胞の女子学生がいた。同胞学生のサークルである「トラジ会」のメンバーで、仏文科進学志望の文科の学生だった。
 トラジ会は、教養学部に在籍している、イデオロギーを抜きにした同胞学生の親睦のためのサークルで、メンバーは総勢二十人たらず、そのうち常時集まりに顔を出していたのは七、八人ぐらいのものだったが、祥一も、その女子学生も、常連組に属していた。
 当初、彼は、彼女の利発そうな風貌に惹かれ、彼女にちょっと関心をおぼえたものだが、ある日、つぎのトラジ会の会合場所を打ち合せるために、構内の喫茶店で二人だけで会う用事があった。
 祥一は、約束の時間の十分ほど前に喫茶店に行った。彼女は二十分ばかり遅れて姿を現わした。


 その点は、祥一は、別に意に介しなかった。何かの都合で約束の時間に遅れることはよくあるものだ。だが、彼が、お互いの気分をほぐすといったほどの意味で、ごく軽い気持で、
「遅かったじゃないですか。三十分も待ちましたよ」
 といったとき、彼女はすました顔で、こう応えた。
「わたしは、約束の時間にくることはないの。早くて、約束の時間の五分すぎね。今日はちょっと遅れてしまったけれど」
 彼は、彼女の言葉に高慢さを感じた。少しでも相手を待たせては悪い、という意識がまったく欠けている。彼は、彼女に微かに反発をおぼえた。彼女に対する関心が、にわかに色褪(あ)せて行った。
 あの女子学生が五分後の女だとすれば、洋子は、いわば、五分前の女である。この五分の違いの意味はかぎりなく大きい、といつだったか彼は考えたことがある。
 祥一が「L」の入口を入って行くと、アイスコーヒーを前に坐っていた洋子は、膝の上のハンドバッグを脇に置いて立ち上がった。そしてさわやかな微笑を浮かべながら頭を下げ、挨拶した。親密な関係になっているはずなのに、まだ洋子は、ときどきそのようにあらたまった調子で挨拶することがある。
 仕事の癖が、つい出てしまうのだろうか。それとも、いまのは、ひさしぶりに顔を合せた懐かしさをこめてのものだろうか。
「やあ、しばらく」
 と、祥一は洋子の向かいの席に腰を下ろした。
「ほんとうに」
 相変わらず微笑を湛(たた)え、洋子はしげしげと祥一の顔を見つめた。
「お元気?」
「元気だよ」
「お引越し、たいへんだったでしょう」
「たいへんというほどでもなかったよ」

1984年8月31日4面掲載

1984-08-31 4面
뉴스스크랩하기
小説セクション一覧へ
文在寅政権の全体主義独裁を警告する
韓国企業、日本人学生に人気 ~在日の...
「革命政権」に冷淡な同盟 
東京でも「金正恩を許すな」
大統領の国憲びん乱 
ブログ記事
涙の七夕・・・父の四九日、永久のお別れ
新・浦安残日録(6)
You Raise me Up
6.25戦争勃発67周年に際して
新・浦安残日録(5)続・晩節の“選択”
自由統一
米本土届くICBM 米国社会に無力感も
制裁以外の有効打は 李相哲教授が講演
北無人機、THAADを撮影
こん睡状態で帰国
「6.15記念行事」共同開催不発


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社概要 会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません