「どういう人なんだい、その人は」
祥一はこんどは純子に向かっていった。この場の雰囲気を鎮めようと、やはり穏やかな声でいった。
純子は顔をうつ向け、しばらく間を置いてから、
「高校のとき、バレー部にいた人……」
「敦賀の人かい?」
純子はうなずいた。そして、またしばらく間を置いてから、
「高校を出てから、福井のスーパーマーケソトに就職したんだけど、半年前に敦賀の支店に配属されることになって、また敦賀に戻ってきたの」
「それいらいつき合っているわけかい」
「彼の方から電話がかかってきたの」
父は苦虫を噛み潰(つぶ)したような顔で煙草を吸っていた。母は言葉もなく純子を見つめていた。
「どういうつもりでっき合っているんだい。ただの友達かい」
祥一がまた口を開いた。純子は口をつぐんだままだった。
「純子ももう大人だよ。男とのつき合いは気をつけなくてはいけないよ」
そういいながら、祥一は疚(やま)しいものを感じた。自分はどうなんだ。自分だって日本人の女とつき合っているではないか。それも、ただの関係ではない……。
やがて純子は思い切ったようにいった。
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「わたし、その人と結婚を前提につき合っているんです」
「結婚だって?」
父が口を挟んだ。怒りを浮かべているその顔がさらに強張(こわば)った。
「日本人の男と結婚するっていうのかよ」
「できれば」
純子は相変わらず顔をうつ向けていった。
純子の言葉には祥一も驚いた。母も驚いた顔で純子を見つめた。日本人と結婚したいなどということは、父が日本人に対してどういう感情を持っているかを知っているからには、容易には口にできないはずだ。にもかかわらず、純子は日本人の男と結婚を前提につき合っているという。いつのまにこんな勇気を持つ妹になったんだろう、と祥一はむしろ妹の成長ぶりにびっくりした。
祥一はあらためて純子を見直した。無口でおとなしい妹だけれど、案外芯の強いところがある、と思った。よほどその男が好きなのだろう。そんなに好きなら、一緒にさせたっていいじゃないか、という気持が祥一の中にはあった。
彼は、幼い頃から、父母の不幸な夫婦関係をいやというほど見せつけられていた。父は母と性(しょう)が合わなかった。性の合わない苛立(いらだ)たしさを父はしょっちゅう母にぶつけてきた。幼い子供の目にそれは恐怖の光景だった。
そういう父母の関係を見せつけられてきただけに、祥一には、国籍など問題ではなかった。要は、結婚して、幸福になるかどうかだった。同胞同士で結婚して、性が合わないなどのために不幸になるか、性の合う異国人同士で結婚して幸福になるか、どちらがいいかとなれば、祥一は当然後者がいいと思っていた。
しばらく四人とも黙ったままであった。静かな中を柱時計の音だけがカチカチと嶋っていた。
どこかで犬の吠(ほ)え声がきこえた。遠いが鋭い吠え声だった。
第3187号 1984年6月26日(火曜日) 4面掲載 |