「際閂」と「チェサン」
韓流ドラマ「暴君のシェフ」が完結した。二〇二五年ベスト1の呼び声が早くも高まっている。韓国では珍しい全十二回シリーズという短い放送だったにも関わらず、最終回の視聴率は一七%を越えた。
成功の要因はキャスト、脚本、スタッフに恵まれたこともあるが、何より深いストーリー構成に起因する。原作はウェブ小説として連載されたパク・グクジェの「燕山君のシェフとして生き残る」。「信長のシェフ」や「JIN仁」などのヒット作をリスペクトした小説である。李氏朝鮮時代の文献を深く読み込んだ構成は若い世代に共感を呼んだ。公式サイトでの企画意図は次のように解説されている。
「料理とは『量を測り(料)、治める(理)』という意味の通り、人の心を慰め、思いやることのできる最も強力な愛であり、人と人とをつなぐ最も強力な政治手段であった。このドラマは、そうした『料理』に注目し、それぞれの異なる色と味を持つ彼らの事情と愛の物語。そして彼らが出会い繰り広げられる『政治料理』の世界」
最終回はどんでん返しの連続。それまでに仕込まれた漢字による伏線を全て回収してハッピーエンドとなった。明の使者との料理対決では政治料理の醍醐味を堪能した。別れ際に明の熟手タン・ペンリョンはヒロインのジヨンに次の言葉を告げる。
「物の『際(きわ)』はよく見えない、寝る時は『閂(かんぬき)』をしっかり掛けろ」
これは音借による暗号であり「際閂」は「チェサン」と発音する。このことから謀反の張本人が「チェサン大君」であることを悟ったのだった。
暴君のシェフが突きつけた問題
放送中に「暴君のシェフ」は様々な話題を振り撒いた。その一つが歴史歪曲問題である。問題となったのは、国王が明の使節と並んで座り、頭を下げて挨拶する場面。一部の視聴者が「時代考証に合わない」と指摘した。
これに対し原作者のパク・グクジェは、「国朝五礼儀(一四七四年)には外国使節を接待する方法が詳細に記されている」と反論し、史料に基づく確かな考証だと説明して原作者に軍配が上がった。
国朝五礼儀「賓礼」編には、使節の席は東側の壁、王の座は西側の壁と確かに記載されている。王と使節が同じ高さで向かい合って座る配置であり、東側が西側より上位であるから使節の席が上座にあたる。また「王が先に使節に挨拶し、使節が答礼する」とも記されている。国朝五礼儀はドラマの時代からわずか三十年前に編纂された公式文書である。従って記載通りに営まれた可能性が極めて高い。
問題となった国朝五礼儀は、それほど難解な書籍ではない。漢字さえ読めれば誰でもが理解できるものだ。しかし、現在の韓国では古典を通読することは大学院生においてもほぼ不可能となっている。そのため、このような問題が後を絶たないのである。対して原作者は漫画やアニメで漢字に触れる機会が多々あった。その差は歴然としている。
韓国では日本語ブームが再燃している。それに貢献しているのが漫画やアニメなどのサブカルだ。そこには漢字があふれている。漢字が滅びかけている韓国だが、韓国政府の意図に反して若年層から教育の是正要求が挙がってきているのだ。
韓国語では漢字語の占める割合が七割を越える。そのため、ハングル表記のみとなった現場では多くの混乱が生じている。医療現場では「診察」と「診断」の違いが解らず医療ミスが生じた。金融機関では「投資」と「投機」の区別がつかずに顧客の利益損失が生じて訴訟となった。発音の問題だけではない。ハングルでは漢字ほど意味が通じないのだ。今では漢字ハングル交じり文を駆使できる人々はわずかとなった。在日韓国人の存在意義は日々上昇しているのである。(つづく)
 | | 際閂とハングル表記
水間 一太朗(みずま いちたろう)
アートプロデューサーとして、欧米各国、南米各国、モンゴル、マレーシア、台湾、中国、韓国、北韓等で美術展企画を担当。美術雑誌に連載多数。神社年鑑編集長。神道の成り立ちと東北アジア美術史に詳しい。
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