金正恩総書記が9月3日、中国・北京で開かれる「抗日戦争勝利80周年記念行事」に出席する。6年ぶり5度目の訪中であり、金正恩にとって初の多国間外交の舞台である。冷え込みを見せていた中朝関係を修復し、習近平との関係改善を狙う格好の機会とも映るが、その舞台には10年前の屈辱が重く影を落とす。
2015年、中国は戦勝70周年を盛大に祝った。当時、北韓の最高指導者の初訪中が期待されたが、結局は実現せず、代わりに派遣されたのは崔竜海書記であった。その扱いは冷遇に近く、記念写真では端に追いやられ、軍事パレードの壇上でも存在感を示せなかった。対照的に韓国の朴槿恵元大統領は習近平、プーチンと並び立ち、国際社会に中韓蜜月を印象づけた。北韓にとっては外交的敗北であり、金正恩にとっては忘れがたい屈辱であったに違いない。
なぜ当時出席できなかったのか。政権基盤がまだ安定せず、長期の外遊はリスクが大きかった。国際舞台での経験不足も重なり、自ら外交の主役を務める準備が整っていなかった。
さらに直前には非武装地帯での地雷爆発事件をめぐり南北関係が緊張し、北韓は「遺憾の意」を表明して矛を収めざるを得なかった。敗北直後の体制トップが「勝利のパレード」に姿を見せることは不可能であった。
それから10年。金正恩はロシアへの兵士派遣によって一定の自信を得て、ようやく「リベンジ」の時を迎えた。今回の軍事パレードでは習近平、プーチンと肩を並べ、国際社会に「大国首脳に比肩する存在」であることを誇示する構図が描かれるだろう。それは朴元大統領が立った壇上に自らの姿を重ねる行為であり、過去の屈辱を清算するような演出だ。
だが、そこには苦い現実が潜んでいる。金正恩はすでに韓国を「敵」と断じ、半島の統一を否定している。今回の訪中は「韓半島の主役は北韓であり、金正恩自身である」と示すための政治劇にすぎない。問題は、その代償である。北韓が北京で「主役」を演じれば演じるほど、中国とロシアの思惑に絡め取られ、主体性を失っていく。中国にとって北韓は、米韓に対抗する地政学的な駒にすぎない。ロシアにとっては、国際社会の制裁網をかいくぐるための補助的な存在にすぎない。国際舞台で「堂々たる姿勢」を示したところで、実態は依存の深化と孤立の拡大にほかならない。
15年は壇上に立てなかったことが敗北であった。25年は壇上に立つこと自体が「新たな敗北」の始まりとなる可能性が高い。復讐に燃えて北京の壇上に立つ金正恩氏の姿は、一見すれば勝者のように映るだろう。しかしその後に待つのは、より深刻な敗北であるかもしれない。
北京の軍事パレードは、勝利を誇示する舞台であると同時に、敗北を内包した危うい舞台でもある。金正恩にとってそれは、勝利と敗北が表裏一体となる危険な賭けであり、その結末が北韓の将来をさらに狭める可能性を我々は直視すべきである。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |