古代の人々は、亡者の魂が行くあの世への道には雨や雪が絶え間なく降ると信じていた。この世とあの世の分かれ道である山の角に着けば、一時の考える暇も与えず、向こうから冥土の使者が霊魂を迎えにくると信じていた。
天武天皇は、十市皇女が冥土の使者の案内で雪や雨の中を彷徨わず、無事にあの世へ行くことを祈ったのである。
26番歌を解いてみよう。
三芳野之耳
我山尒時自久曾
雪者落 等言
無間曾雨者落 等言
其雪不時如
其雨無間如
隈毛不墮思乍敍來
其山道 乎
三人が野原を進むね。
(行くなととめても)我意を通し(越える)山には(止む)間(なく)ずっと(雪が降る)ね。
雪というやつが降るね。
(止む)間ないね。
雨というやつが降るね。
(あの世へ行く)その(道には)雪というやつが降らない時がないよ。
(あの世へ行く)その(道には)雨というやつが絶え間なく降るよ。
山の角に雪と雨が降らないようにと願う暇もなく、冥土の使者が来なければならない。
(あの世へ行く)その山道よ。
25番と26番は同じ内容の歌だった。
先に旅立つ娘が、あの世に行く険しい道で苦労しないように、あの世の使者がよく案内してくれるように願う歌だった。
27番歌をみてみよう。
天武天皇が吉野宮に御出座しの時の歌とある。天武天皇は天皇になった後も、壬申の乱を起こす前に自分の意思であれ、他人の意思であれ、隠居せざるを得なかった吉野の別宮を度々訪れていた。十市皇女の死後、天武天皇が吉野宮を訪れたときに作った歌である。十市皇女のための涙歌であることは確かだった。
淑人乃良
跡吉見而好常言師
芳野吉見与良
人四來三
清い人であれ。
(亡くなった先人たちの)足跡を見るのを好むようにと(いつも)言う先生(だった)。
野原で見えるよ。
冥土の使者12人が来るね。
万葉集に隠されていた悲劇の人生 十市皇女(万葉集25・26・27・156番歌) <つづく> |