民団中央本部元団長の辛容祥氏をしのぶ 

桐ヶ谷斎場で葬儀・告別式
日付: 2026年10月31日 16時40分

在日本大韓民国民団(民団)中央本部の元団長、辛容祥(シン・ヨンサン)氏の葬儀・告別式が10月31日午前、東京都品川区の桐ヶ谷斎場で執り行われた。当日は、遺族や親族をはじめ、故人と生前親交のあった人々が参列。東京、栃木両地域の民団関係者や、在日本韓国商工会議所など各団体の幹部らも駆け付け、故人との最後の別れを惜しんだ。また、韓国からは新韓金融持株会社の晋玉童(チン・オクドン)会長も参列し、故人をしのんだ。喪主を務めた辛基秀(シン・ギス)氏は、参列者への御礼のあいさつで、故人が生前に語っていた言葉について、「その意味を、ようやく理解できるようになりました」と述べ、感謝の言葉を結んだ。辛容祥氏は1925年6月22日生まれ。2026年10月28日午前11時ごろ、東京都内の病院で逝去した。101歳だった。1950年から日本で事業を営む傍ら、明治大学法学部を卒業。民団栃木県本部団長、民団中央本部副団長、監察委員長、議長などを歴任し、1994年から2000年まで第41・42代民団中央本部団長を務めた。団長就任と同時期、民団はそれまでの「在日本大韓民国居留民団」から「居留」の文字を外し、現在の名称へと変更。在日同胞の地方参政権獲得運動を本格化させた。辛氏は、在日同胞が「定住外国人」として地域社会の一員としての権利を確立できるよう、その運動に力を注いだ。また、1995年の阪神・淡路大震災では、国籍を問わず、被災した在日同胞や日本人に救援物資を迅速に届けるなど、同胞社会の枠を超えた地域社会への支援にも尽力した。さらに、1999年には2002年日韓共催サッカーワールドカップの日本組織委員会(JAWOC)特別顧問も務めた。こうした長年にわたる活動と功績が評価され、韓国政府から国民勲章無窮花章を受章した。101年の生涯を通じて、在日同胞社会の発展と権利向上、日韓両国の友好に尽力した辛容祥氏。葬儀・告別式には、故人と縁の深い多くの関係者が参列し、その功績と人柄をしのびながら、別れを惜しんだ。

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