謎だらけの韓半島と日本列島の関係のなかで、大きな疑問に話し言葉の違いがある。海を隔てているとはいえ、その距離はたった200キロほどであるのに。言語学は非常に難解。解けない謎ではあるが、諸説の一部を紹介してみよう。
素人にもなんとなく解りやすい学説に「言語年代学的仮説」がある。同じ系統の二つの言葉が幹から離れ枝に分岐した年代を見積もるというものである。例えば英語とドイツ語の分岐は1200年前。スカンジナビア3国は1000年の見積もり。1000年以内は通じ合えるが、英語とドイツ語は通じ合うのは困難という。
それでは日本語と朝鮮語はというと4000年だというから、会話は絶対に成り立たない言語だ。
日本語と朝鮮語の関係は、母音調和や語順が同じウラル・アルタイ語に属するという、よく知られる学説のなかにある。ウラル語はマジャール語とフィン語が属する。アルタイ語はトルコ語・モンゴル語・ツングース語・朝鮮語・日本語と言われる。ウラルとアルタイの地名が冠されているが、発祥は満州の大興安嶺からモンゴル高原に住んでいた民族の言葉である。大陸を西進した匈奴やその系統のフン族が欧州に言葉を伝え、モンゴル高原の住人が中央アジアを西に向かい、混血を重ねて西洋顔になって小アジアに到達したのがトルコ人である。言葉は壮大な人類の異動史の証拠である。
韓半島のすぐ北が発祥地なのだから、朝鮮語がその言語体系に属することは確実だが、アルタイ語の幹からトルコ・モンゴル・ツングース語という枝に分離する前に真っ先に分離した言葉という説がある。つまり、非常に古い言葉で、厳格な意味で、まだ世界のどの言語とも同系であると証明されていないらしい。
日本語はさらに不思議な言語だという。そのポイントとしてあげられるのはアルタイ系の言語との音韻対応がほとんど見られない点だ。文法が酷似していても音韻が対応していなければ同系とは言えない。英語とドイツ語で一例をあげてみると、
・英語=day/ドイツ語=tag
・英語=good/ドイツ語=gut
英語のdに対しドイツ語のt。英語のgに対しドイツ語のgが規則的に対応するのが例だ。
最近の多くの語学者の研究では、日本語の語彙は南方にルーツがあるという説が強い。倭人は稲作を伴って中国南部からやってきた民族説があるが、言語学的にはさらに南のマライ、ポリネシア語との関係が深いというのだ。
さらにビックリの学説が注目を集めている。なんとインドのトラヴィダ族のタミール語との関係である。アルタイ語と同様、日本語と文法が一緒で、一部の単語で共通点が多く、朝鮮語と同様に万葉集や記紀も読み解くことができるというから驚く(朝鮮語も同様で著作が反響を呼んだが)。
トラヴィダ族とはインド原住の民族で世界三大文明のインダス文明の担い手。紀元前1500年ごろ、南下したアーリア人に征服され、今は廃止されたが、カーストの最下位(シュードラ・奴隷民)に落とされた悲劇的民族だが、その受難により隣接するミャンマーを経て、雲南省や東南アジア各地に逃げ散り、タミール語も各地に広まったという。知人にトラヴィダの青年がいるが、日本語を覚えるのは簡単だったという。
そういえば倭と関係の深かった加耶の伝説の始祖王、首露王の王妃はインド人だったというが、この話も荒唐無稽なものではなく、史実からきているのかもしれない。
このように日本語の由来は諸説ある。要するにアルタイ語系の原始的な言葉を喋る列島に、南方からマライ・ポリネシア系の言葉を話す民族が渡り着き、続いてタミール語の流れを話す民族が稲作と共に渡来し、日本語の基礎的な部分ができあがる。その後、列島の支配者が韓半島から来たり、中国語や朝鮮語が多くの文物と共に入ってくるが、それが日本語の基本的性格を変えることはなかったということなのかもしれない。
一方、古代韓半島の言葉も複雑。高句麗は王族、民衆ともにツングース系だから言葉は一緒、百済は王族がツングース系で民衆は韓族。新羅は王族がツングースと韓族の連合で民衆は韓族。つまり百済と新羅は王族がツングース語を使い、民衆は朝鮮語を喋っていたという説があるが、7世紀に新羅が半島を統一したことにより支配層の話す新羅語が現在の朝鮮語に発展したという。ただし、統一新羅以前の言葉は日本のような万葉仮名(漢字の当て字・昭和の若者が”夜露死苦”などと使ったのと同じ)が生まれず、記録として残るのはまったく正統な漢文だったため、どんな言葉を喋っていたかはわからないらしい。
朝鮮語はアルタイ系、日本語は南方系の言語要素の強い雑種混合体。隣接する国ではあるが、昔も会話には通訳が必要だったろうと思うが、それは謎だ。 =おわり
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統一新羅は中国に気を使って人名、地名を中国風にした。一方、中国語とアルタイ語はまったく関係ない言葉だから変更は無理だったろう。公用語は見事な漢文で書かれたが、日本のように返り点をつけて訓読せず、そのまま上から下へ朝鮮式の漢字音で音読した 〓韓国観光公社フォトギャラリー
奈良の都では朝鮮語が普通に話されていたと書かれている歴史書を読むが、百済と新羅(加耶)は言葉も違ったし、通訳がいなければ普通の会話は難しく筆談が意思疎通の手段だったか