東アジア文字考~漢字を巡る遥かなる旅 第31回 水間一太朗

戦後八十年の封印が解かれる時①
日付: 2026年02月17日 11時29分

国語審議会と闘う白川静と大野晋

さて、この連載も今回と次回で終えることとなった。ここにお支えいただいた皆様に謹んで感謝申し上げたい。東アジアには漢字以外にもさまざまな文字が存在する。連載のほとんどが漢字の解説のみで終始してしまったのが心残りとなった。続きは掲載をお許しいただく他紙からとしたい。
この連載の当初の目的は、第一に漢字の発祥は中国でないこと。第二に漢字の発展は漢字文化圏といわれる中国以外の周辺諸国が担ってきたこと。第三に漢字廃止論は愚の骨頂であること。以上三点であった。当初の目的は果たすことができたものと思う。
筆者が尊敬してやまない文献学の師は二人存在する。一人は白川静(一九一〇~二〇〇六)である。漢字の成り立ちにおいて多大な影響を受けた。もう一人は大野晋(一九一九~二〇〇八)である。日本語の成り立ちやその背景にある精神性において多角的な視点をいただいた。両氏に共通する概念は「神」の捉え方である。縄文時代から連綿と続く東アジアの神観を深く掘り下げた。
戦後日本の教育は、GHQによるアメリカ教育使節団報告書に基づく指令により自虐史観が刷り込まれた。特に国語教育は壊滅的な打撃を受けた。謙譲語や尊敬語を不要とする新仮名遣いが強要され、歴史ある文字は解体されて当用漢字となった。
GHQ御用達の学者たちが中心となった国語審議会に対して、両氏はそれぞれ異なる立場から壮絶な闘いを繰り広げた。紆余曲折があり、両氏の意見が必ずしも審議会で認められたわけではない。しかし、それでもギリギリの段階で堕落を食い止めたといえるだろう。辛うじて漢字や敬語は生き延びたのである。
日本と台湾では漢字は滅びなかった。北韓では漢字は絶滅した。韓国でも風前の灯火となっている。今こそ、両氏の業績を噛み締め、後世への教訓としていかねばなるまい。

文字考は「東アジア」から「南アジア」へ

大野晋と白川静は、国語審議会が主導した効率性重視の漢字制限に対し、学術的立場から鋭い批判を呈した。
審議会は、戦後の民主化と教育効率の向上を掲げ、当用漢字の制定や新字体の採用を強力に推し進めた。これに対し、漢文学者の白川静は、漢字を単なる伝達記号と見なす合理主義を激しく糾弾した。字源を無視した簡略化は東アジアの豊かな文化基盤を破壊するものだと説き、文字の背景にある宗教性や精神性の欠落を危惧した。
一方、国語学者の大野晋は、言語の体系性と歴史的連続性の観点から異を唱えた。安易な語彙の書き換えや仮名遣いの変更が、日本語の論理性を損ない、古典との断絶を招くことに強い危機感を抱いていた。
両者の功績は、利便性の陰で切り捨てられようとした言葉の「生命力」を再発見させた点にある。彼らの峻厳な批判は、後に国語施策が「制限」から「目安」へと軟化する契機となり、常用漢字の追加など漢字文化の再評価につながった。言葉を効率の道具に留めず、文化の血脈として次世代へ繋ごうとした両氏の志は、情報化社会において言葉の重みが問われる今こそ、私たちが立ち返るべき指針となっている。
この文化の連なりを次世代へ引き継ぐためには、既存の枠組みを超えた探究が不可欠である。特に大野晋が晩年まで情熱を注いだ「日本語とタミル語」の比較研究は、日本語の起源を南アジアの広大な文化圏に求める壮大な試みであった。この仮説を単なる過去の論争として終わらせるのではなく、最新の言語学や考古学の知見を交えて検証を促すことは、日本語の深層を掘り下げ、アジアにおける自らのアイデンティティーを再認識する新たな希望となるはずである。(つづく)

白川静(左)と大野晋は東アジアの神観を深く掘り下げ、今日に通じる遺訓を伝えている


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