デイリーNK髙英起の「髙談闊歩」第94回

見下ろす金与正、頭を下げた韓国 北韓が見せつけた南北の序列
日付: 2026年02月17日 11時20分

 今年1月に発生した平壌へのドローン侵犯事件は、南北関係の力学を決定的に変える転機となり得る。発端は、平壌上空に無人機が侵入したと北韓が発表したことだった。当初、韓国政府は軍の関与を否定し、事態の矮小化と責任回避に終始する姿勢を見せた。北韓の強い反発を一時的な対南圧力の一環と見なしたのである。
これに対し、北韓は即座に政治問題化した。対南攻撃の急先鋒といえる金与正・朝鮮労働党副部長は韓国を激しく糾弾する談話を発表。
しかし韓国側の一部では、この談話を「強い言葉の裏に対話の意思がある」「非難もまたコミュニケーションの一形態だ」と解釈する楽観論が広がった。北韓の警告を、あえて〝雪解け前の揺さぶり〟と読み替えることで、対話再開の余地を見いだそうとしたのである。
だが、金与正氏はこうした韓国側の姿勢を見透かすかのように追加談話で韓国当局の楽観論を一蹴した。
その後、韓国は調査の結果、軍の関与を認めるに至る。統一相の鄭東泳氏は「遺憾の意」を表明し、再発防止を約束した。
形式上は限定的な謝意にとどめたが、北韓はこれを即座に「公式の謝罪」と評価した。この〝評価〟こそが重要だった。北韓が謝罪の性格を規定し、意味づけを独占したのである。
だが、それは対話再開の入口ではない。むしろ、許す側と許される側という序列を刻みつけ、心理的・政治的主導権が平壌にあることを内外に誇示するための演出に近い。
北韓は軍事的報復を選ばず、「謝罪を引き出した」という政治的成果を最大化する道を選んだ。武力ではなく、秩序の再構築によって優位を示したのである。
南北対話がすぐに再開する可能性は高くない。しかし今後、偶発的衝突や宣伝戦が起きた場合、この”序列”は前提条件となりうる。北韓は常に「謝罪を引き出した側」という立場から交渉に臨み、韓国は再発防止や信頼回復を求められる側に回る。交渉の出発点そのものが、すでに非対称となった。
まもなく開かれる朝鮮労働党第9回大会で対南路線がどのように整理されるかは注目に値する。仮に〝断韓〟色が一段と鮮明化すれば、北韓は韓国を交渉相手というより管理対象として位置づける可能性がある。核・ミサイル問題をめぐる対外交渉でも、韓国の存在感はさらに後退しかねない。
結果として韓国の対北政策は、強硬にも対話にも踏み切れない曖昧さを露呈した。原則を貫く覚悟も、現実を直視する戦略も中途半端なまま、状況に後追いで対応する姿勢が際立ったのである。
今回のドローン事件は単なる軍事的トラブルではない。南・北韓間の〝主従の再定義〟を象徴する出来事であり、力学の転換点として歴史に刻まれる可能性をはらんでいる。

 高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。


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