210番歌を解読する
妻は絹の着物が欲しいと思っていた。
私が出世したときの絹の着物を欲しがっていた。
私は草野で生きながら将来、臣下になると思っていた。
われら夫婦は互いに向かい合って走り、土手に立っているトネリコの方へ行った。
(※トネリコの枝を水に浸すと、水が青くなる。色のついた服は、古代社会の身分の象徴だった。トネリコは、緑色の服を着る官吏の身分を意味する)
われら2人は、将棋の入れ知恵をするように、お互いの夢を語り合いながらトネリコの木の枝を切った。
春の日のようにトネリコの葉が生い茂ってはいなかったと、長い間思っていた。
世間知らずの妻は、自分を頼りにしている子どもたちがいたにもかかわらず、この世を去った。
結局、得られなかった絹の着物。
かがり火を焚いた荒野に、白い天領巾が哀れだ。
(※天領巾は人が亡くなった時に顔を覆う布)
朝、鶏が止まり木からさめる時に、あなたは眠りにつく。
日は暮れた。
妻と息子が姿を現し、市場へ行って貴重なものを買おうとしている。
妻が祈り泣いても毎回買えるものがない。
(※想像の中の妻と息子の姿だ。夫婦が暮らしていた村は貴重なものを買おうとしても買えない田舎だった)
私は大きな包みを脇に挟んで持っている。
私の妻と息子の二人が、貴重なものを見るため私が寝る枕に寄っている。
(※想像の場面だ。妻と息子にあげるため、柿本人麻呂は貴重な品物を大きな包みで買って来た。しかし、彼が村に来てみると、妻が死んで葬儀を行っていた)
体の弱い妻は、昼間は海辺に出て日が暮れるまで働き、夜も起きて働き夜を明かした。
便りを出さなかったが、私は汝を恋しがっていた。
われら二人は、夫婦の縁でない人のように見えた。
大きな鳥があなたをくわえて山へ飛んでいくので、私はあなたを偲ぶ。
(※古代の来世観だ。古代人たちは、大鳥が死者をくわえてあの世へ運ぶと信じた。大鳥は喪輿だろう)
世間知らずの妻よ、あなたはどこにいるのか。
人々は言う。
石碑を建てよ、後世の者たちが末永く見られるように。手が擦れるほど仕事をしてきたことを知らせよ。
空には雲が一つもないから、あの世の海は穏やかだろう。
あなたは絹物を思っていたね。
妻の宝は絹の着物だ。
山の谷にチマ(スカート)をはいたあなたの姿は見えず悲しい。
(山の谷は妻が葬られた山の中だ)
歌聖 柿本人麻呂(万葉集の高峯峻嶺の秘密) <続く>