いま麹町から 67 髙木健一

大東亜共同宣言とカイロ宣言ーカイロ宣言こそ法的拘束力あり
日付: 2026年01月14日 09時40分

 1943年11月6日に大東亜会議(中華民国、タイ、満州国、フィリピン、インドが参加)が東京で開かれ、「大東亜共同宣言」が採択されたことがあります。
山本五十六連合艦隊司令長官も戦死し、すでに日本の劣勢が濃厚となる中の会議です。この会議で東条首相は米英が他の民族を抑圧し、奴隷化しようとしていたことが大東亜戦争の原因だと指摘しました。日本こそが「道義に基づく共存共栄の秩序を建設する」「相互に自主独立を尊重」すると「共同宣言」で高らかに謳いあげたのです。しかし、朝鮮と台湾を植民地として維持しながら「自主独立を尊重」するといっても矛盾があり、説得力はありません。
この会議について、斉藤隆夫衆議院議員が「自国の戦争目的は正義であり、他国のそれは不正義であるから、最後の勝利は必ず我にありなどと宣言した所で、何人も真面目に受け取る者はなく」と批判したのは勇気のあることでした。いずれにせよ、戦争目的について、正義を持ち出したのは現在に至る一部勢力の日本の戦争の正当化の口実になったのも事実です。しかしながら、この試みもカイロ宣言によって海のもくずと消えるのです。
カイロ宣言は、43年11月27日、アメリカのローズヴェルト大統領、イギリスのチャーチル首相、そして中華民国の蒋介石総統の三カ国による宣言です。この宣言で三カ国は、この戦争は日本国の侵略を制止し、かつこれを罰する為の戦争である旨をうたっています。
日本が奪取し、占領した満州、台湾などを中華民国に返還し、また、「朝鮮の人民の奴隷状態に留意し、全て朝鮮を自由かつ独立のものとなす」決意をも示したのです。そして、このカイロ宣言の条項はポツダム宣言に引用されてその履行を迫られました。
そして日本国は、45年8月14日、このポツダム宣言を受諾したのです。その受諾によって日本国は全日本軍隊の「無条件降伏」を宣言しました。また上述のカイロ宣言の条項(奴隷状態の朝鮮の解放)の履行も義務づけられていたのです。
これらカイロ宣言とポツダム宣言は法的拘束力をもった条約であるのです。すなわち、前出した「大東亜共同宣言」にいう日本にこそ正義が存するなどの主張は国際法的には成立しないことがいえるのです。つまり、ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をして戦争を終結させた日本が今さら戦争の正義を述べるのは卑怯というべきものなのです。時折、先の大戦はアジア解放のための”聖戦”だったなどと声高に主張する人がいますが、日本政府はそれらの人にカイロ・ポツダム宣言の受諾で成り立たない主張であることを教えるべきだと思います。
ところで、「奴隷状態」から「自由かつ独立」への解放とは縄を解き、放置するだけでは足りません。「奴隷状態」というマイナスの状態からプラスへ向けた原状回復行為が必要なのです。特に被害者である朝鮮の人々の意向に基づいた施策が不可欠です。
この点で、「奴隷状態」の典型である慰安婦問題や強制連行被害者について、65年の日韓請求権協定で解決済みだと根拠のない決めつけをしている日本政府の姿勢(本稿3ほか)はカイロ宣言の履行にもとると言われても仕方がありません。そもそも日本政府の65年の3億ドルは経済支援であり、償いの趣旨はないのです。
また、解決済みは国が有する権利であり、個人については外交保護権の放棄に過ぎないとは日本の外務省の条約局長の公式見解です。それ故、65年法律第144号があるのです。この点、韓国で被害者個人が裁判を提起して、裁判所がこれを認めたのは当然なのです。


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