実業家と歌手という”二刀流”で活躍する在日同胞が出演する歌番組が静かな注目を浴びている。司会者としてゲストの演歌歌手との当意即妙な掛け合いや、実業家としての経営訓、貧しかった幼少期の思い出、ナマ歌の披露など、他の歌番組にはない異色の構成に、熱心な視聴者から続々と反響が寄せられている。 (佐竹一秀)
メジャーリーガーの大谷翔平選手ばりの二刀流で奮闘するのは、金嶋昭夫(韓国名・金昭夫)さん。BS12(ビーエストゥエルビ)で毎週木曜日午前4時30分から30分間放送される『金嶋昭夫の元気!演歌大好き』の司会を務めるとともに、ナマ歌も披露している。
番組は金嶋さんと、演歌歌手の田川裕之さんをナビゲーターに、月替わりのアシスタントを女性演歌歌手が務めて3人で進行する。毎回ゲストが登場し、これまでに『釜山港へ帰れ』『夢追い酒』などのヒットで知られる渥美二郎さん、大川栄策さん、神野美伽さんなどのほか、新進気鋭の若手演歌歌手ら多彩な顔ぶれが登場している。
■毎月1回で1カ月分収録
収録は毎月1回で、1カ月分の4~5回分を1日で収録する。昨年12月3日には、1月放送予定の5回分の収録が行われた。初冬の収録日は、身の引き締まるようなひんやりとした、空気の澄んだ晴れた朝だった。通勤、通学の人の波が途絶えた午前9時過ぎ、都内の閑静な住宅街にたたずむ番組収録現場のホールに、マネジャーの運転する車で金嶋さんが登場した。すぐに楽屋に向かい、メイクを施してもらう。
普段はお茶を飲みながら台本に目を通し、収録が始まるまでリラックスして過ごすが、今回は特別に取材対応をしてもらった。
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番組を始めたのは、第3弾シングル『恩送りの人生』が昨年3月に発売されたのを機に、同曲のミュージックビデオを制作したオフィスYアンドMの山田智子プロディーサーから番組制作を持ち掛けられたことがきっかけとなった。
■3カ月だけのつもりが
「自身の名前を冠した歌番組を持つ歌手は珍しい。他にやっている人がいないから、3カ月だけやってみよう」と昨年3月から始まった。ところがこれまでにない二刀流の目新しさもあり、多くのファンレターが届くようになった。とくに静岡の81歳の女性からの「観ていてすごく楽しく元気になれる。歌を聴くだけでなく、人生のすばらしさを感じられる。私に幸せをくれてありがとう」とのメッセージが強く心に残った。熱心なファンに心を動かされ「多くの人に元気と楽しさを届けられる。この番組を生涯ずっと続けていこう」と決意を新たにする。
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収録はまずゲスト歌手を迎えてのトークから始まる。
元日放送分はこれまで数回ゲスト出演するとともに、番組アシスタントを務めたこともある多岐川舞子さんが登場。過去に何度も共演しているためか、リラックスして話が弾む。多岐川さんが歌の道を勧めてくれた亡き父の思い出を語ると、金嶋さんは「人は愛を心に秘めると頑張れる。お父さんの愛が生きていますよ」と優し気なまなざしで語りかけた。他に三丘翔太さん、岡ゆう子さん、楠木康平さん、北山たけしさんが、それぞれ登場して各放送回分を収録。
北山さんは、師匠である北島三郎さんとのエピソードとともに大好きな焼き鳥のことを語ると、金嶋さんは「焼き鳥を串から外す人がいますが、油が落ちるのでおいしくなくなる」と焼き鳥店経営で身についた豆知識を披露した。
ゲストコーナーの収録は予定より少し早く正午前に終了。すぐに楽屋に戻り、弁当を食べながらスタッフと打ち合わせをする。
約30分後にオープニングとエンディング5回分を田川裕之さん、田川寿美さんとともに収録する。
■芸道一筋の歌手に敬意
元日の新年第1回目放送予定回は、金嶋さんが趣味の書道を生かした書初めを披露した。「謹賀新年」の文字を背後に掲げるとともに、武者小路実篤の格言「この道より我を生かす道なし この道を歩く」を紹介した。
この言葉を選んだ理由について「歌手を志した人は、幼いころから一筋に芸道に精進してきた。ゲスト歌手の人を通じて視聴者にも何かを感じてほしい」と語った。
ファンレターも紹介された。横浜の男性は「毎週観ている。金嶋さんのユーモラスで優しい語り口にファンになった。歌も気持ちがこもっていて元気づけられる」と激励の言葉を贈った。
1月22日放送予定回では、この日がカレーライスの日であることを紹介。1982年のこの日に全国学校栄養士協議会が学校給食35周年を記念して、全国の小中学校約800万人の児童にカレーライスを給食として提供したことを記念して制定された。
それぞれが給食にまつわる思い出を語るなか、金嶋さんは家が貧しく給食代が払えなかった。給食の時間は教室の外で水道水をがぶ飲みするだけだったが、先生に事情を話すと食べさせてくれ、うれしかったことを語った。
■経営者の心構えも披露
また経営者としての心構えを聞きたいという視聴者の要望にこたえて、「愚痴を言わない事」「弱音をはかない事」「機転を利かす事」といった十カ条の社訓も披露した。
最後は都はるみさんが歌った『アンコ椿は恋の花』と杉良太郎さんが歌った『明日の詩』の2曲を自ら歌った。
とくに『アンコ椿~』は唸り節といわれる独特の歌唱方法を伴う難曲として知られる。同曲のサビの部分については、番組プロデューサーから何度もやり直しの指示がでる。金嶋さんも真剣な表情でそれに応じた。
ほぼ予定通りの午後3時ごろにはすべての収録を終えた。
番組制作責任者の山田智子プロデューサーは「実業家として成功しながら、歌手としても一流である”二刀流”という、従来の歌手とは違う魅力を全国の人に知ってもらいたい。歌だけではなく、実業家としての人生哲学なども、もっと前面に出していきたい」と今後の番組制作方針について語る。
金嶋さんは「今までの人生で多くの人から助けられた。これまでに受けた恩を社会や次世代に返す『恩送り』をしていきたい。事業で成功したことも、歌手になったことも神様からの縁と受け止め、歌手として施設慰問などの社会貢献活動を続けていきたい」と話している。
■金嶋昭夫(かねしま・あきお) 韓国名・金昭夫(キム・ソブ)。在日韓国人2世。1945年6月、茨城県下館町(現・筑西市)の貧困家庭に6人きょうだいの次男として生まれる。21歳のとき夫婦で焼き鳥店を起業。その後新宿に飲食店を出店。さらに日本初のカラオケルーム「747」を東京・池袋にオープン。現在は金嶋観光グループ会長として、東京・新宿で15棟以上のビルを保有し不動産業、飲食店経営などを営む。介護施設を訪問したときに、施設内のカラオケルームでひとりで歌っていたところをスカウトされ、2021年に76歳で日本コロムビアから歌手デビューを果たしている。以降、『新宿しぐれ』(21年)、『大阪たずね恋』(23年)、『恩送りの人生』(25年)の3曲をリリースした。23年には新潮社から自伝『恩送りの人生』を出版している。社会貢献活動にも熱心で、災害被災地、児童養護施設、亡き父の故郷である韓国・晋州市などへの寄付を続けている。在日同胞社会にも長年尽力し組織の要職を歴任。現在は民団中央本部のみんだん生活相談センター所長。