韓日関係を破壊する政治・謀略戦
統一日報が8年前、大韓民国の建国史を連載し始めたのは、韓国の姿、その真実があまりにも間違って日本社会に伝わってきていたためだ。韓国は韓半島の歴史上初めて「国軍」を持つ共和国、韓半島の歴史上最も輝かしい文明史的成就を遂げたのに、未熟な者らや特に平壌の金氏王朝の暴圧道具である朝鮮労働党日本支部とその支援・同調勢力が、韓日関係発展の土台を破壊する悪辣な政治戦争を放置するわけにはいかないからだ。
非西欧諸国の中で唯一の先進国といわれた日本から発信される大韓民国に対する謀略と韓日離間策は、東西冷戦期に全世界の社会主義勢力の全面支援を得た。
韓国は盲目的な反日国家でも独裁国家でもないのに、韓国を建国し、生きてきた世代の経験と記憶は日本社会にはほとんど紹介されず、捏造された悪い話ばかりが、圧倒的な分量で日本社会に報道、伝播されてきた。そもそも、政治的主張にはそれ自体が偏向や歪曲が避けられない側面があるが、一方的な嘘と謀略に対する韓国人たちの反論の不足は、説明責任の問題とも言えそうだ。韓国に対する歪曲した報道は、東西冷戦で社会主義諸国が敗北しながら減っているものの、すでに記録・報道された誤った内容はほとんど修正されない。特に、公教育において現代史がほとんど教育されない日本では、大韓民国を一方的に反日・独裁国家とする歪曲、中傷に対する丁寧な説明が必要だと反省せざるを得ない。
韓半島は帝国主義列強時代に日本の植民地となったが、第2次世界大戦で敗北した日本軍の武装解除のため、米・ソが合意した北緯38度線を境に分断され、東西冷戦で米・ソ対決の最前線となった。1945年8月以降、共産側の奇襲南侵で始まった6・25戦争が休戦する53年7月まで、北韓地域から、大規模の民族移動(北韓人口の3分の1ほどに該当)、南への巨大なこの波は、北韓に移植されたスターリン主義体制を拒否し、反共自由民主体制を選んだ「足でやった投票」だった。
自主人に徹した建国革命の父たち
韓半島分断後の熱戦と冷戦の80年間は体制戦争だった。共産側の武力南侵(1950年6月~1953年7月)は、日本の植民統治の財産が残っていた韓半島を廃墟にした。北韓に比べて極めて貧弱な資源に2倍ほどの人口を抱えていた韓国は、世界最貧国となった。
だが、体制戦争で圧倒的に勝利したのは、偉大な指導者たちを持つ韓国だ。北韓は3代世襲の封建王朝に戻り、神政体制の暴圧体制となった。一方、李承晩、朴正熙、全斗煥によって自主的な自由民主体制と市場経済基盤を建設した韓国は、韓半島の歴史上最も繁栄する国家となった。韓国の成就の中で自ずときたものは何もない。途方もない献身と犠牲で作られた国で、国土の隅々がすべて血で守られたものだ。全世界の社会主義(共産主義)勢力の攻撃が韓国人を不死鳥に鍛えた。
すべての偉大な成就がそうであるように、韓国は危機と逆境を跳躍の土台にした。労働力を売った国が、商品と技術、文化を輸出する国となった。朴正煕大統領は、創造的に国家を導いた。南・北韓の体制競争で国力を組織化し眠っていた国民のDNAを目覚めさせた朴正煕のビジョンと覚悟は、国民教育憲章(68年12月公布)によく現れていた。62年に始まった経済開発5カ年計画、輸出主導の経済発展戦略、重化学工業建設(自主国防)は、文明史において前例のない成就で、韓国を世界が羨む製造業大国、先進国に変えた。
金泳三政権が96年に終了させた第7次経済社会発展5カ年計画まで35年間(日本植民統治の35年間と同じ期間)の経済開発計画は、歴史上最も効率的だった経済開発計画だ。
韓国は、経済開発5カ年計画を止めながら高度成長時代から低成長に変わった。「民主化」を前面に出して「成長」より分配優先へ回ったから低成長になるのは当然だ。国民教育憲章を廃棄(94)したのも金泳三政権だ。因みに53年から14回の経済開発計画を着実に続けてきた中国が経済大国になるのも当然だ。
創造的知的巨人・朴正煕
独裁者と非難された朴正煕は「私の墓に吐け」と言いながら自分の確信・ビジョンを貫いた。一方的な命令や抑圧ではなく、実用的でかつ革命的なアイデアを実行した。新生国の成長と発展は、国家の資源を効果的に動員する計画によってのみ可能だ。成功の基礎は、教育を通じて人間資源を開発し、全国民に良い職業を与えることだ。特に、重化学工業の建設と輸出のため年間5万人の機能工を養成、関連民間企業に供給するシステムを作った朴正煕大統領は、政府主導の経済発展を民間企業が中心となるように設計した。全斗煥大統領はこの理念を忠実に継承した。
韓国は今、人口を増やさねばならない時期だが、朴大統領の人口爆発抑制のための「2人っ子政策」は、国民の”生の質”を1世代で変え、韓国の伝統社会の構造をも変えた。韓国のすべての娘たちが大学教育を受けられるようになった。韓国が産児制限措置を取った時、韓国と人口規模が似ていた国々は今、概ね韓国人口の2倍だ。
農業国家だった韓国を短期間で高度な工業国家に変えた秘密の産児制限を強行した朴正煕に対して、赤化統一を夢見て多産を奨励した金日成が指導者としての思考の次元と、人間としての器の差が分かる。韓国の5カ年計画の終了後の第6共和国の大統領たちは任期(5年)を無事に全うすることにばかり専念する。
いずれにせよ、朴正煕は、国家の制度、自然と空間だけでなく、国民のDNAまで変えた。南・北韓の住民は、身体的にも平均寿命や身長などで同じ民族と考え難い格差が生じた。
統一日報が建国史を連載したのは、韓国の成就を知らせ継承するためだ。読者の中には連載中に筆者の観点が変わったことに気づいたはずだ。新しい事実が見つかったりすれば、それによって観点が変わるしかない。
この連載で扱うことができなかった内容は多い。特に、世界史の中での韓国の立場、特に韓米関係などを冷静に調べ載せるべきだった。これは、世界が2極体制(米・ソ)から、単極体制(米国)へ、そしてまた多極化へ向かっている文明史的状況や過程を当然取り扱うべきだ。この点を中心に連載を再開したい。
(洪ヒョン)