金永會の万葉集イヤギ 第72回

混沌の皇位継承~元明天皇即位の秘密~(万葉集第76・77番歌)
日付: 2025年11月26日 09時45分

 阿閇皇女の歌に、御名部皇女が唱和したという歌がある。76番と77番は対になっており、同じ目的をもって意図的に作られた歌だ。
私は驚愕せずにはいられなかった。御名部皇女が皇位継承に介入していた。彼女は、首皇子を排除し、阿閇皇女を次の天皇に推していた。

76番歌を先に解読する。元明天皇(阿閇皇女)の作品だ。
 文武天皇に向かい弓を射るのが、どうして為になろうか。
人々があの世への舟を漕いでいる。
大臣たちは盾を持ち、天皇に矢が当たらぬように防ぎ立ちなさい。
悲しきかな、この母は。


葬列が進んでいた。弓士たちは文武天皇の遺骸に向かって矢(嚆矢)を放っている。文武天皇とその子孫に後に良いことがあるようにするためだった。母の阿閇皇女が、そういうこと(良いことがあるように)あってはならないから、大臣たちが盾を持ち、矢を防ぎ立て、という歌である。ありえない意味を持つ歌が作られていた。子の為になる矢が当たらないようにしているから、母の心が悲しいという意味になる。母は止むを得ず、皇位の承継を受け入れていたように見える。

次は77番歌。御名部皇女の作品だ。阿閇皇女と母を同じにする姉、文武天皇のおばだ。
 わが大王よ
人々が君を憶えられないようになろう。
須らく、全力をあげて君の息子に良くないことがあるようにしてくださいよ。
私に、君の一人息子の首皇子が皇位を継ぐように、と末永く願うようにして。

77番歌は、首皇子に「良くないことが起こるように」と願う歌だ。つまり、首皇子がすぐに皇位を継げないようにしてほしい。代わりに母の阿閇皇女が皇位を継ぐようにと願う意味に解読される。
これはどういうことか。すぐ皇位を継げない何らかの事情があったはずだ。御名部皇女が皇位の承継に介入していたことが明確だった。
そして、現実がこの二首の歌の通りになる。
文武天皇は死後、忘れられる。母の阿閇皇女(元明天皇)と、文武天皇の姉の氷高(ひだか)皇女が立てつづけ皇位に就く。文武天皇の子の首皇子は排除される。おばの御名部皇女は、首皇子が即位するまで長い間祈る。母は元明天皇、姉は元正天皇となる。77番歌が生んだ現実だ。
首皇子は二人の女帝の後に即位した。聖武天皇である。二人の女帝は在位期間中、多くの大事な仕事を行った。夭折した文武天皇は、事実上忘れられた天皇になる。
このように、万葉の歌々は、天をも感動させ、歌の歌詞に込められた念願を現実化する力を持った歌だった。それで、当時の人々は、万葉の歌を神聖視し崇拝した。
何があったのか。なぜ皇位の承継秩序が乱れたのか。一冊の本では纏められないほどの物語のはずだ。

混沌の皇位継承~元明天皇即位の秘密~(万葉集76・77番歌)           <了>


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