金永會の万葉集イヤギ 第71回

従順な倭人たちはあなたを忘れない(持統天皇の死と呪詛の歌)   
日付: 2025年11月11日 09時21分

 73番歌だ。

 世間知らずの方が、息子の草壁皇子のところに向かおうと夜明けに出かけるのが見える、水辺に風が吹いているのに。
倭国の従順な民が泣いている。
父と母が寒い墓に寝ていらっしゃるが、私はいくら寒くても手に息を吹きかけまい。
持統天皇よ、行かれる道を急ぐことなかれ。


持統天皇が息子の草壁皇子のところに行こうと、風の強い明け方に旅に出た。
風が吹き暗い夜明けには道に出るべきでないのに、世間知らずだから旅に出たと言っている。
「倭国の従順な民が泣いている」という句は「あなたを呪いながら泣いている」という意味だ。
「父と母が寒い墓に寝ていらっしゃるが、私はいくら寒くても手に息を吹きかけまい」の句は「寒くなれば当然、両親の墓へ参るべきだが、私は両親の陵を参拝しない。だから息を吹きかけて手を温める必要はない」という内容に解読される。
持統天皇は息子たちにも見捨てられるようになるとの意味だ。驚くべき内容ではないか。

次は75番歌だ。

 藤原京の建物の間に吹く山からの夜明けの風が冷たい。
あの世への旅路、
人々が服は当然貸してくれるだろうが、
世間知らずの女よ、
他人が服を貸してくれるからといって長く旅をせず、直ぐ戻って来なければならない。


あの世への道で出会う人たちは服を貸してくれる他は、何も助けてくれないはずとの歌だ。あなたはあの世へは行けないからこの世でさまよえ、という意味だ。この作品を以て持統天皇への涙歌が終わる。
どうだろうか。歌々がどれも同様に持統天皇を呪っているではないか。驚きではないか。

持統天皇は須らくあの世で安息を享受するため旅に出なければならなかった。
しかし、彼女の魂はあの世に行けない。この世をさまよえ、と呪詛されている。
万葉の涙歌が彼女をつかまえている。一体どんなことがあったのだろうか。

このような事情から、万葉集の編纂者が誰なのかを察することができる。万葉集は、持統天皇に敵意を持った集団によって作られたはずだ。万葉集最大のミステリーの一つである。

皇室の歴史には女性天皇が8人(10代)在位した。この中、壬申の乱(672年)の後100年間に4人(5代、持統天皇から称徳天皇まで)の女性天皇が在位したのが注目される。これは天武天皇の男系直系子孫たち(草壁皇子・文武天皇)が短命だったためだ。万葉集にはこの事情がどう記録されているかを次号から紹介する。

 従順な倭人たちはあなたを忘れない(持統天皇の死と呪詛の歌)           <了>


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