ぞくっと鳥肌が立たないか。万葉集がどういう性格の歌集なのか、合点がいくはずだ。これまでの万葉集研究者たちは、このような入れ子が隠れていたとは夢にも思わなかったはずだ。
次は65番歌である。
霰の中にいらっしゃる方がよい。
あなたは松の原野にいらっしゃる。
草壁皇子の女人たちと一緒にいつもあなたに会いに来る。
いくら聞いても飽きることのないあなたの生前の業績を申し上げる。
持統天皇が「皇位簒奪という罪を犯したのだから、霰の中に寝ていらっしゃるのが良い」という意味を持つ歌である。「草壁皇子の女人たち」とは、草壁皇子と関係のある女人たちを意味する。文武天皇の後、草壁皇子の妻と娘が皇位を継ぐ。あなたの後代は男系の子孫に恵まれないという意味になる。
66番歌を見てみよう。
天武天皇の一番の伴侶だった持統天皇が、あの世へ行く船に乗るため水辺に行かれる。
あの世への船が手織機の杼のように往来しても、船に乗らず海辺で寝るだろう。
不屈な方だった。
持統天皇は夫の天武天皇の政治の伴侶で、如何なる事態でも動じなかった不屈な方だったという内容だ。持統天皇は夫の天武天皇と一緒に壬申の乱を起こした。壬申の乱で、天武天皇の功が50パーセントなら、彼女の功が50パーセントという話がある。
持統天皇は死後、あの世に行けず、この世に残って彷徨うようになるという意味だ。
69番歌だ。
あなたが草むらの中に横たわっていても(旅人が見向きもせず)通る。
あなたに生前の業績を告げよう。
尊い身分の喪服を着た人々が丘に泥をまき、死んでも善良になるようにと持統天皇にお金をばらまく。
人々が悲しみながらあなたを呼ぶ。
「あなたが草むらに横たわっていても(旅人が見向きもせず)通る」という句は、あなたは死んだ後、見捨てられるようになるという意味だ。
埋葬のとき、泥とお金を撒いたという内容だが、当時の埋葬の風習だろう。泥が何を意味するかはまだわからないが、お金はあの世に行く餞別だ。
「人々が悲しみながらあなたを呼ぶ」という句は「持統の治下、処刑された人々の遺族が、怨恨をいだいて悲しみながらあなたを呼ぶ」という意味になる。持統天皇が数多くの人を処刑したため、このような節があるのだろう。
従順な倭人たちはあなたを忘れない(持統天皇の死と呪詛の歌) <続く>