ドラマと文学で探る韓国20

ASDの彼らからな学んだもの
日付: 2025年09月02日 10時25分

 ASD(自閉スペクトラム症)を抱える人物と接した時の、いわゆる一般人の戸惑いをテーマにした今回の「ドラマと文学で探る韓国」。1回目の原稿を書き終えたばかりの6月下旬、韓国で興味深い報道を目にした。
Minimally verbal autistic(MVA)という、言葉をほとんど発しないASDの子どもと親との間のコミュニケーションを可能にする、AI搭載アプリを韓国科学技術院(KAIST)が開発したというのだ。
そのシステムとは、MVAの子ども向けにパーソナライズされた語彙カードと、親が実践的なコミュニケーションが取れるよう状況に応じた会話ガイドを提供するというもの。子どもの側には大きなターンパスボタンが配置されていて、子どもが会話をリードできる。
予備調査研究に参加した家族たちは、はじめて有意義なコミュニケーションが取れた、と語っている。この研究成果は横浜で開催された国際会議「ACM CHI 2025」において最優秀論文賞を受賞している。
『ムーブ・トゥ・ヘブン』の主人公、グルは惜しみなく愛情を注ぐ父・ジョンウンのもと、手話を覚えていく。ASDのなかには言葉を発するのが苦手な子どもがいるが、それは必ずしも、その後もずっと話せない、ということではないのだという。手話によってコミュニケーションの手段を得るASDも存在し、またその後に言葉によるコミュニケーションを獲得する例もあるそうだ。
グルもまた手話を覚え、やがて言葉を得てジョンウンとの絆を確かなものにしていく。だが、ジョンウンの死でグルの後見人となった叔父サングにとって、ASDの青年との対面はまるで未知との遭遇だ。
冒頭で言及したAIアプリがさらに進化を遂げれば、なんとかなるかもしれない。だが、実用化にはまだ時間がかかるだろう。その上、サングにはASDに対する知識もない。そうなれば、もうお手上げ状態だ。そんなグルとサングの間にいたのが、隣人でありグルの良き理解者、ナムだった。彼女の存在が、その後のグルとサングのコミュニケーションに、大いに寄与したのは言うまでもない。
自閉症の青年、ドゥウンの世話を任され、彼を必死で理解しようと努めながら、空回りしてしまう主人公を描いた『宣陵散策』は作家チョン・ヨンジュンの2015年の小説だ。
チョン・ヨンジュンは失語症の青年とてんかんの女性の恋愛を描いた『トトト、ト』で若い作家賞を受賞、本作で黄順元賞を受賞している。一貫して社会的弱者や暴力といったテーマに挑むことで知られる作家である。
本作を執筆した動機として、個人的な痛みは誰とも共有できず理解もできない。理解できないという認識と諦めから小説は始まる。不可能でも語りたいから。それは矛盾だが、その矛盾こそ、小説が人にもたらす最大の気づきだ、と語っている。確かに本作は矛盾と気づきの物語といえるだろう。
ドゥウンが何を考えているのか、主人公にはさっぱりわからない。話しかけても返事はない。ところが、彼に向かって吠えかかるチワワを撃退してやると、ドゥウンはいきなり主人公の手を握るのだ。
自分を守ってくれた主人公に心を開いたのか、主人公もドゥウンに対して、次第に感情移入し始めていく。だが果たしてそれは、互いを理解し合えたということだろうか。ドゥウンの保護者から時間延長の電話がかかって来る。そこから一気に流れが変わる。主人公がよかれと思ってした行為は、思いもよらない事態を引き起こす。
グルやドゥウンが幼い頃、もしもMVA向けのAIアプリがあったら、彼らは保護者たちともっと有意義なコミュニケーションを図ることができ、理解し合えたのだろうか。


閉じる