金永會の万葉集イヤギ 第62回

息子への愛に溺れた母(持統万葉)
日付: 2025年09月02日 10時06分

 持統天皇は、夫の天武天皇とともに壬申の乱(672年)に勝利した後、父・天智天皇の霊魂を近江から橿原の畝傍山に移すことにした。そして陵墓造成の普請とともに郷歌史において非常に重要な措置を取った。国中から最も優れた郷歌の作り手を探せと命じたのだ。
石見国の海辺に柿本人麻呂(以下、人麻呂)という歌人がいた。彼は、長くて強力な霊験あらたかな郷歌を作る優れた能力の持ち主だった。
朝廷に呼ばれてきた人麻呂は持統天皇の側近として郷歌をもって政務を補佐することになった。持統天皇と人麻呂が出会ったことで、郷歌は古朝鮮からの数千年の歴史の中で最も輝く時代を開いた。
人麻呂の才能が光る作品を鑑賞してみよう。万葉集の162番歌だ。
693年9月9日、天武天皇7周忌の祭典においてのことだ。持統天皇が夢を見た。座っていて束の間眠ってしまっただろう。その夢を歌にしたのがこの作品だ。

 明日香 能 清御原 乃 宮 尓
天下 所 知 食 之
八隅知 之
吾大王 高 照
日 之 皇子 何方 尓 所 念 食可
神風 乃 伊勢 能國 者
奥津 藻毛 靡足 波尓
塩氣能味 香乎礼流
國 尓 味凝 文 尓 乏寸
高照 日 之 御子

飛鳥の朝日は当然、飛鳥浄御原宮を照らす。
天下の人々よ、天武天皇の生前の業績を知らせよ。
国中の人々よ、天武天皇の生前の業績を知らせよ。
私の大王は、高いところから国中を照らしている。
御日様となった草壁皇子は、陽の光をどこに当てようかと考えている。
神風のような君の勢いは当然、この国中を照らさなければならない。
曲流の渡しに住む人々が、君の業績を美しく飾り語っている。
倒れそうになるほど急ぎ駆けつけ、皇子が塩を嘗められるようにせねば。
国中の人々が塩を作ることに疲れを少しも惜しまないように。
高いところから揃って国中を照らされる天武天皇様と草壁皇子様。

作品中の飛鳥浄御原宮は、持統天皇が暮らしていた宮殿だった。夢の中で、夫の天武天皇が御日様となって昇り、世の中を照らしていた。そのとき、息子の草壁皇子も御日様となって父に続いて現れ、日差しをどこに当てようかと考えていた。
国中の人々が皇子の元へ駆けつけ、草壁皇子の業績を称え、塩を供物として捧げていた。当時は塩が亡くなった人の魂に捧げる際物だったはずだ。
すると皇子は御日様になって力強く昇り、父と一緒に、母が住んでいる飛鳥浄御原宮を照らした。母の持統天皇は嬉しいあまり、御日様となって現れたわが息子を思わず抱きしめようと走り出したところで夢から覚めた。

息子への愛に溺れた母(持統万葉)  <続く>


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