李薫の「家族の肖像」 第16回

光化門広場が見える在日韓国人記念館で(2)
日付: 2025年08月15日 04時23分

若き頃の祖父李熙健と他の一世の仲間達朴正熙大統領をんで誇らしげな子の写真

写真の中のひとりひとりの顔を見ながら何度も思った。祖国発展に向けての燃えるような情熱。最初は祖して、故して、家族にしての『申しなかった』という罪みたいなものが共通してあり、それにり立てられて『祖への貢』競していたのではないかと考えた。が大な時に家族を、故を、祖を直接支えることができなかったこと。

しかし私は自分が間違っていたことにづいた。祖国発展への寄に一世世代をり立てたものは、純な愛心、故愛だった。申しないという過去に引きずられるネガティブな動機でなく、大きく展した祖の未来図がるまっすぐな愛心。

それが彼らを突き動かしていたのだと。州島のミカンの木がえ大地を色く覆うの植林の努力がり、開のが人に微笑みをもたらすを心から望んでいたことを。

その写真と同じようなしいプライドにち溢れた顔、顔の記憶。それは88オリンピック開式で聖火に点火された瞬間。平和のシンボルの鳩がスタジアムから大空に飛び立つのを見つめる彼らの顔。

あの瞬間、彼らの心に浮かんだ風景はどの風景だったのだろうか。故の寒い冬の山道、荒れる玄界灘、鶴橋の闇市、新韓銀行創立の日―。今でも瞼を閉じれば、背中をしゃんと伸ばし、ピカピカに磨かれた靴を履き、おに入りのショルダバッグを抱えたお洒落な祖父の姿が浮かぶ。

そして、ここ在日韓人記念館。目を瞑ると一世のハラボジ、ハルモニ達の息遣いを感じる。記念館のある建物の屋上に上がると、光化門の場が見える。李舜臣、世宗大王の銅像、背後には景福宮そして北漢山。誇らしげにそのを見つめ、足そうに微笑む彼らの魂が宿る記念館に私は今日も足を運ぶ。

<完>

「在日韓国人記念館」を訪問した在日同胞子どもたち(2025年7月29日)

 

 


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