米国による「相互関税」への対応に揺れる世界各国だが、韓国と日本の経済関係は安定的に推移している。日本との緊密な関係を推し進めてきた尹錫悦・前大統領が失脚し、「韓国のトランプ」との異名を持つ李在明大統領が誕生したことで、韓日経済への影響が心配された。しかし新政権は「実用主義」を掲げて前政権時代と変わらず、日本との経済協力を維持しようとしている。韓国との経済交流・連携を推進する日韓経済協会は、国交正常化60周年を迎えた新時代の韓日経済関係をどう構築しようとしているのか。6月に就任した小路明善会長に、今後の韓国と日本の経済関係について、書面によるインタビューで聞いた。 (本紙論説委員 篠﨑晃)
■出入国手続きの簡素化を
――韓国と日本の経済人が韓日両国の課題や経済協力の取り組みを話し合い、意見交換する第57回韓日経済人会議が5月27~28日、ソウルで開催されました。同会議において、日本側は韓日経済協力の現状認識と将来展望、経済交流の取り組み等について、どのような意見、見解を述べ、韓国側との合意形成に至ったのか、その経緯と内容の要諦をお聞かせください。
同会議では経済はもとより、幅広い視点から意見交換を行い、四つの点について合意がなされました。一つ目は積み重ねてきた信頼の再確認と未来に視線を向けた連携・協力に対する決意。二つ目は脱炭素やAI・半導体・バイオなど新産業分野における協力。三つ目はCPTPP(包括的・先進的な環太平洋経済連携協定)への韓国加入に向けた働きかけ。四つ目はボーダーレスな人的流動促進に向けた出入国手続き簡素化への要望です。
特に一つ目の連携・協力に関し、「経済界の熱意をしっかりと表現したい」との意見が数多く出され、「輝く未来のため、革新的な連携・協力に努める」との表現を用いることとなりました。出入国手続き簡素化については、最近も韓国の経済団体が効果を試算し発表するなど、支持する声が増えていることを嬉しく思っています。
――同会議でとりまとめた共同声明では、経済連携の拡大、CPTPPへの韓国加入に向けた働きかけなどが合意されたと聞いています。
この中で経済連携の拡大に向けた韓日双方の取り組み(水素社会の実現、人工知能〈生成AI〉・半導体分野の連携、バイオ・ヘルスケア産業の育成など)が明記されていますが、日韓経済協会としては、経済連携のどのカテゴリーを重点分野として取り組み、進めていく方針でしょうか。会長ご自身の見解を含めてコメントをいただきたいと存じます。
日韓FTA(自由貿易協定)は国内の産業界からの反対もあって、2004年に交渉が中断したままです。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が22年に発効し低レベルながらも日韓で初のFTA効果が発揮されましたが、より高いレベルの連携に向けたCPTPPへの韓国加入を願い、共同声明に盛り込みました。
また今後、両国の成長エンジンと期待される産業分野の育成にあたり、競合するだけでなく補完関係にもある日韓の協力は必然的ともいえます。加えて、米国が自国優先主義を前面に出すなか、新しい国際秩序が形成される中において存在感を発揮することは容易ではなく、自由と民主主義を尊重する両国が連携して対応を模索していくことが重要と考えます。
■人材育成など共通課題も
――経済連携をさらに一歩進めて、韓国と日本が一つの経済圏を作る経済連帯構想が大韓商工会議所の崔泰源会長(SKグループ会長)や韓日経済協会のキム・ユン会長(三養ホールディングス会長)から提唱されています。
崔泰源会長によれば「韓日両国の国内総生産(GDP)を足せば、6兆ドル(約880兆円)になる」として、欧州連合(EU)の一部規格にあるような産業規格や環境規制を韓日が連帯して制定、統一するなど提言しています。
こうした韓日経済圏構想をつくる共創ビジョンについてのご意見、コメントをお聞かせください。
大韓商工会議所の崔泰源会長には、昨年度の第56回経済人会議に登壇いただいており、日韓が相互に協力することにより直面する課題の解決が可能との提案をいただきました。本年の第57回では私自身が発言の機会を得ましたので、米中2極体制に依存しないポジションの獲得や、国際ルールの形成に主体的な役割を果たす上で、日韓協力の重要性を話しました。加えて、私は国力の源泉はイノベーションであると考えていますが、そのために必要となる人材の育成も日韓共通の課題です。
――次回の第58回韓日経済人会議は東京開催が予定されていますが、開催計画の骨子、方針が固まっているようでしたら、教えてください。
次回の開催に向けた準備を現在進めている段階にあり、ある程度まとまった段階でお知らせいたしますので、今しばらくお待ちください。
なお、日本では先日の選挙の結果、衆参とも少数与党となり、韓国では李在明大統領就任以降、安定した舵取りがされていますが、就任前に囁かれていた懸念は残ります。日韓ともに先の見えない不透明さを抱えるなか、両国の未来をどのように創造するかは一つの論点と言えるでしょう。
――韓国は25年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の議長国として、「われわれが作っていく持続可能な明日:連結、革新、繁栄」をテーマに掲げ、24年12月より順次、参加各国との高級実務者会議、担当大臣会合を積み重ねています。そして、10月27~28日には慶州でAPEC首脳会議が開かれます。
日韓経済協会は日本経済団体連合会、日本商工会議所などの経済団体と共同、あるいは単独でAPECに代表団を送る計画はありますか。対応方針をお聞かせください。
現段階で具体的な計画はありませんが、経済界の代表で構成され、見解を伝え政策を提言する機関としてABAC(APECビジネス諮問委員会)がありますので、経団連と連携する中で必要に応じ検討してまいります。
――日韓経済協会は経済交流の促進のほかにも、青少年交流事業による次代を担う人材育成、韓日双方の地域間交流、中小企業の連携促進などに取り組んでいます。こうした方面での日韓経済協会の活動のトピックス、今後の計画と抱負があれば、お聞かせください。
日韓経済協会では、連携する日韓産業技術協力財団および韓国側カウンターパートとともに経済交流、人材交流、文化交流を3本の柱に民間交流の維持・拡大に取り組んでいます。日韓関係が再び厳しい時代を迎える可能性も否定できないなか、両国関係の発展、拡大には幅広く重層的な交流が重要と考えています。
青少年交流では、7月末~8月にかけて「日韓高校生交流キャンプ」を開催し、両国からあわせて30人の生徒が参加しました。在韓日系企業に韓国人大学生を派遣する「インターンシップ」には、16倍を超える応募があったなか30人の学生を派遣しています。さらには、日韓の経済連携は第三国においてもプロジェクトとして展開されていますので、ミッションを派遣し理解を広める計画です。
■韓日ビジネスでの経験
――アサヒビールでの韓国ビジネス体験を踏まえて、会長ご自身の韓国観をお聞かせください。
日韓の経済人は、これまで数多くの困難に直面しながらも連携・協力を重ね、信頼を積み重ねてきました。経済における日韓は、競争関係にあると同時に互いに補完関係にあるので、パートナーとして連携するにおいてこれほど望ましい相手はほかにいません。
私自身も、20年近く前ですが韓国の飲料会社に出資していた関係から頻繁に出張した経験があります。また、韓国におけるアサヒビールの販売にはロッテグループに協力をいただいており、代表の辛東彬(重光昭夫)さんとは今も交流を重ねています。日韓関係の悪化やコロナ禍という厳しい時代もございましたが、おかげさまで韓国で多くのご支持をいただき、たくさんの方々にご愛飲いただいていることに大変感謝しています。
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小路明善(こうじ・あきよし) 1951年生まれ。75年アサヒビール入社。2011年アサヒグループホールディングス取締役兼アサヒビール社長などを経て、18年アサヒグループホールディングス社長兼CEO。25年4月アサヒグループホールディングス会長。22年日本経済団体連合会副会長。25年6月、日韓産業技術協力財団理事長。同月、日韓経済協会会長。
〈解説〉本誌論説委員 篠崎晃
■有望視されるAI・半導体の韓日 連携
日本と韓国の経済人が一堂に会して両国間の経済協力を協議する第57回日韓経済人会議で採択した共同声明では、自国優先主義の台頭などでグローバル経済が不確実性を増す中で韓日・日韓両国は(一)信頼の構築と発展、(二)経済連携の拡大、(三)CPTPP(包括的・先進的環太平洋パートナーシップ協定)の活用、(四)なお一層の交流拡大で合意し、次代の具体的な韓日協力のあり方を提言している。
これを受けて、未来志向の経済協力のテーマとして掲げた「カーボンニュートラルと水素社会の実現」「人工知能(AI)・半導体分野の連携」「バイオ・ヘルスケア産業の育成」などのうち、韓日両国が手を携え、相互補完的な経済協力体制を再構築し、韓日連携の共創モデルを打ち立てる起爆剤となり得るのは、AI・半導体分野の連携・協業化だろう。
AI時代を迎えて加速する先端半導体開発の世界的な覇権争いで韓日が協力し、共創の成果を挙げられるかに世界の関心が集まっている。韓国経済紙の毎日経済が日本経済新聞と共同で実施した「韓日・日韓経営者アンケート」では、半導体とAIでの企業連携を期待する企業経営者の回答が顕著だった。
今後10年以内の韓日協力で成長が有望な分野を聞いたところ、韓国の経営者はAIを筆頭に挙げ、続いてヘルスケア・バイオ、ロボット関連技術、半導体、コンテンツ・エンターテインメントの順で期待を示した、一方、日本の経営者は半導体、カーボンニュートラル・省エネルギー、ヘルスケア・バイオ、コンテンツ・エンターテインメント、AIの順で回答があった。
■先端・イノベーション産業で新し い成長を目指す
韓日の先端・イノベーション産業の協力とパートナーシップの可能性については、今年4月に東京で開催された「韓日経済協力フォーラム」でも取り上げられた。ここでは環境・モビリティーやAI、半導体分野での韓日連携を目指す動きが報告され、次代を担う先端産業の共創に向けた取り組みが注目された。
大韓商工会議所は韓日の経済連携の重要性を訴えた政策提言書「新しい秩序、新しい成長」において、先端・イノベーション産業の共創によって、韓国と日本の国内総生産(GDP)合計6兆ドル(約880兆円)規模の両国経済をベースに、アジア経済圏をリードしていく経済共同体を作る韓日経済圏構想を提唱している。
第2次トランプ政権の強権的な関税政策と自国優先主義の産業政策で世界経済のブロック化が進み、韓国も日本も米国頼みの経済・貿易政策の変更を余儀なくされている。韓日両国は従来の製造業中心の成長が頭打ちになっていることを踏まえ、AI+製造業で新たな成長の波を起こしていく取り組みが課題となる。そして、韓日の経済連携で生まれる新しいイノベーションの成果=共創モデルにより、地政学的リスクや経済安全保障リスクにも対処しつつ、韓日両国の経済が新しい成長波動に入るコラボレーションの取り組みが、始まろうとしている。