絵画、文学、演劇、音楽、映像など、伝統文化から現代文化まで、多様な韓国文化を日本に紹介している駐日韓国文化院に5月、新任の院長が着任した。近年、ドラマや映画、Kポップなど、ポップカルチャー(大衆文化)が、韓日親善のためのツールとなり、同文化院の果たす役割はますます重要視されている。駐大阪韓国文化院院長以来、7年ぶりの日本勤務となる朴英恵院長に、これからの日本での韓国文化発信について聞いた。 (佐竹一秀)
国交正常化60周年の今年5月に駐日韓国文化院院長として着任されました。これからチャレンジしたいことや抱負をお聞かせください
「着任して3カ月余が過ぎました。韓国文化院は海外に韓国文化を紹介する政府機関として、世界の中でも米ニューヨークと並んで、東京に最初に設置されました。それだけ韓国政府は日本を重要視しています。日本では近年、韓国文化への好感度が高まっているので、より認知度を向上させたいと思います。その一環として、韓国コンテンツを翻訳や監修する人材を養成するアカデミーを立ち上げたいという希望を持っています。そのうえで、韓国の映像作品や、スマートフォンで縦スクロールして読む漫画の『ウェブトゥーン』などのコンテンツの紹介を加速させます。今年は韓日国交正常化60周年ですが、節目の年でなくても文化院が中心となり、来年も再来年も文化交流が深まるようにしていきます」
■翻訳・監修人材を養成
駐日韓国文化院の設立趣旨や目的、活動内容について教えてください
「駐日韓国文化院は1979年に韓国政府の文化体育観光部傘下組織として設立されました。当時は米ソを中心とした冷戦時代です。日本における韓国のイメージアップと広報が主な役割でした。しかし冷戦が終焉した80年代後半から90年代に入ると、韓国文化を媒介にしながら韓国社会を理解してもらうという目的に変化しました。90年代後半から2000年代初頭にかけて、『冬のソナタ』などの韓国ドラマ、02年にはサッカーW杯日韓大会の開催もあり、韓国文化が日本で広く受け入れられました。駐日韓国文化院は韓国文化を紹介するためのプラットフォーム(基盤)としての役割を果たしています。内容としては、舞台公演、展示会、言語教育、文化政策の実施、韓日政府間の窓口業務のほか、文化芸術、コンテンツ、観光、スポーツなど、幅広く担当しています」
■記念コンサートは大成功
6月17日に東京で韓日国交正常化60周年記念行事としてクラシックコンサート「ハーモニーの共鳴 韓日友情の旋律」(主催・韓国文化体育観光部、主管・駐日韓国文化院など)が開催されました
「両国の演奏家が交流できたことが印象深く心に残りました。日本側演奏者からは『韓国側は若手演奏者が多く出演したが、日本は年長者が多かった。日本では政府関係行事になると、大物演奏家中心の構成になりがち。韓国の方が思い切って若手を出すという違いがある。もっと両国の若手演奏家が交流する機会が増えればうれしい』との意見が出ました。これを聞いたとき、この企画が成功したと確信しました。交流のきっかけをつくるのが文化院の重要な役割のひとつです。リハーサル時間が満足に取れなかったにも関わらず、素晴らしい公演が実現したのは、両国の演奏家同士の強い共感があったからでしょう。一般聴衆のほか、日本政府関係者、経済団体関係者、メディア関係者、民団幹部など、幅広い各界の人士が集まり大成功でした」
今後、駐日韓国文化院で予定している行事にはどのようなものがありますか
「募集締め切りが8月17日に迫っていますが、Kポップアーティストを目指す人を対象とした『オーディションK』を開催します。書類審査を通過した人は9~11月まで、ダンスやボーカルトレーニングの特別レッスンを受講できます。11月8日に韓国の芸能事務所が参加した最終オーディションを経て、デビューのきっかけをつかむことができます。このオーディションは実は3年前から毎年実施していますが、今年は国交正常化60周年ということで規模を拡大しました。また、9月には『Kドラマ&ミュージック セレクションウイーク2025』という韓国ドラマ上映会と、韓国ドラマの劇中音楽のコンサートを東京と大阪で開催します。最も大きな行事としては9月27、28日に東京で開かれる『日韓交流おまつり2025in Tokyo』があります。同イベントは毎年実施していますが今回初めて、会場内での朝鮮通信使パレードを実施します」
■大阪勤務時代に多様な企画
前回の日本勤務は11年から18年までの大阪韓国文化院院長としての赴任でした。そのときに取り組んだことや、思い出はありますか
「7年間勤務していたので多くの思い出があります。在職中の15年が国交正常化50周年でした。いろいろな企画を立案し、実施しました。着任する少し前から日本で少女時代やKARAなどのガールズグループの人気が出て、Kポップがはやり出しました。大阪は流行に敏感な土地柄だったので、13年にKポップカバーダンス大会を企画しました。そのころ、日本の学校の体育の授業に『ダンス』が加わったこともあり、参加者も多く盛況でした。韓国でも注目され、17年からはソウル新聞社と共催して規模を拡大しました。とくに大阪の毎日放送のKポップ好きな社員が、ダンスユニットを結成して出場したことは強く印象に残っています。50歳を過ぎた部長もいましたが、BTSを踊って盛り上げ、『人気賞』を受賞しました。若い人だけでなく、50代、60代の人も参加して楽しんでくれました。この大会は今も続いています。
もう一つ、『大阪韓国映画祭』を創設したこともあります。京都は日本の映画発祥の地とされていますが、映画祭も多く開催されます。『京都ヒストリカ映画祭』のほか、大阪では『大阪アジアン映画祭』があります。同映画祭は、05年に韓日国交正常化40周年を記念して開催された『韓国エンタテイメント映画祭2005 in大阪』が前身となっています。しかし徐々に韓国映画の上映が少なくなったので、15年に『大阪韓国映画祭』を創設しました。日本未公開作品の上映のほか、俳優、監督、劇中音楽担当者などを招待しました。今も続いており、今年で11回目となります。全国各地から韓国映画ファンが来訪しています」
日本人が好む韓国文化のジャンルはありますか
「コンテンツで強いのはドラマでしょう。例えば時代劇が人気だと、昔の服装や刺繍、しきたりへの関心が高まります。Kポップ好きの若い人はKポップアイドルのファッションやメイクなどを取り入れ、真似をしたがります。例えば、BTSのメンバーの一人が日本の東京近代美術館を訪れたとSNSで発信すると、ファンが殺到したということがありました」
■日常に浸透の韓国文化
なぜ日本で幅広く韓国文化が受け入れられたのでしょうか
「日本は外来の文化を自国化することが上手です。例えば、米国のポップスからJポップという独自の音楽のジャンルを作り上げました。韓国文化については、すでに日本の日常生活に深く浸透しています。コンビニエンスストアでは、韓国食品フェアで期間限定商品などを買うことができます。韓国の文学も注目され、ノーベル文学賞作家の韓江をはじめ、あらゆる作品ジャンルが翻訳出版されて浸透しています。最近、日本の若い人の間では、『韓本語(ハンボノ)』と言って、日本語と韓国語を合成した言葉が使われるようになっています。10代の若い人が『マシッソヨ』を『とてもマシッソヨ』。『ミヤネー』を『まじミヤネー』など、流行語のように口にしています。日本で現地化された韓国文化がどのように進化するのか、今後が楽しみです」
前回の日本勤務時と比べ、今の日本での韓国文化の受け入れに違いはありますか
「今のほうが社会全体に韓国文化がより浸透しています。前回、大阪に着任したときは実は韓日関係がよくない時期でした。韓国ドラマはそれ以前から人気でしたが、人前で『韓国ドラマが好き』といえない雰囲気でした。だから大阪韓国文化院として韓国文化を積極的に発信する機会をつくりました。すると韓日関係がどうであろうと、韓国文化が好きという日本の人が徐々に増えていきました。両国関係が悪くなると、官民の交流事業が中止になるといったことがありましたが、今ではそこまでの影響は受けません。今の若い世代は、政治問題と切り離して韓国文化に親しむようになりました」
産業として韓国文化をとらえた場合、どのように展開しますか
「事業として成り立たせなければなりません。例えば古典文学のような伝統文化は、映像や舞台、漫画などの形で現代風にアレンジし、親しみやすく紹介するということが考えられます。実はこれらのことはすでに実施されています。しかし大手だけが手掛けていて、中小は人材やノウハウのほか資金も不足し、やりたくてもできません。文化院としては、これら中小事業者のコンテンツ事業に対して、翻訳、海外進出、市場調査などで支援していきます」
■土台に情緒的な共通点
韓国文化にとって、日本はどのような市場でしょうか
「世界中で最も大きく、安定的な市場です。日本はファン層が厚く、長く続きます。例えば、韓国ドラマファンは、すっかり日本で定着しています。ブームというのは、流行り廃りが激しいが、日本では根強く続いています。契約や権利関係の法整備もしっかりしているので、安心してビジネスができます。また韓国と日本では情緒的な部分で共通点があるので、作品が受け入れられやすくなっています。日本でヒットした映画、ドラマ、Kポップなどは、外国でもヒットすることが多いです。そのため、日本は最も重要な市場です」
個人的に関心のある日本文化はありますか
「日本のドラマ、映画、文学が好きです。学生時代は日本語の勉強を兼ねて、『三毛猫ホームズ』シリーズで知られる赤川次郎作品を読みました。最近は民放ドラマの『ホットスポット』『ライオンの隠れ家』を楽しく見ました。小説では『コーヒーが冷めないうちに』と、その続編『この嘘がばれないうちに』。前者はもともと戯曲で舞台作品として上演されたものが書籍化されました。後者はその続編で、のちに両作品を原作として映画化されています。日本的な情緒が韓国でも評判になった作品です。直木賞作家の東野圭吾作品も大好きです」
朴英恵(パク・ヨンヘ) 1968年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。韓国外国語大学同時通訳大学院修了。2002年駐日韓国大使館広報官、11年駐大阪韓国文化院院長。文化体育観光部コンテンツ企画課長などを経て、25年5月駐日韓国文化院院長。
盛況だった韓日国交正常化60周年記念クラシックコンサート「ハーモニーの共鳴 韓日友情の旋律」=6月17日、東京都港区のサントリーホール