ソウルを東京に擬える第35回

今も残るソウルの水田 都市農業とその恵み
日付: 2024年11月13日 08時20分

 豊穣の秋というと、田んぼに黄金色の稲穂が垂れ、木々に果物が実る様子を思い浮かべるが、大都会のソウルや東京23区は農業とは縁遠い存在と思われがちだ。しかしソウル市には940ヘクタール(2023年)、東京23区には461ヘクタール(24年)の耕地が存在し、少なからず農作物が生産されている。
東京都内では野菜や果物が植えられた畑よりも、水田のほうが稀有な存在と思える。23区内には体験型の水田を除くと、ほとんど残っていない。今でも江戸川区篠崎や足立区扇にあるとかないとか…。しかしソウル市内には広々とした水田が存在する。金浦空港に隣接する江西区開化洞がそのひとつで、地下鉄9号線の終点・開化駅のそばにある水田で米が生産されており、駅付近の車窓からはその光景がちらりと目に入ってくる。また同じく金浦空港の南側の五谷洞にも水田が存在する。この界隈の農家では、01年から「景福宮米」というブランド米を、自然に優しい”親環境農業”により栽培している。水田が残存しているのは都市計画上の理由もある。ソウル市の内縁部には1971年以降、グリーンベルトと呼ばれる開発制限地域が設けられているためだ。このように江西区周辺では稲作が行われているが、ソウル東北部の道峰区や蘆原区付近では、「水刺梨」という品種の梨が生産されており、王に献上するという意味が含まれる。これらがソウルのブランド農産物といえる。また南東部の江東区付近には包み野菜をハウス栽培する農家があり、瑞草区や江南区といった南部では花卉が栽培されている。
ちなみに東京にも戦前にグリーンベルト構想があり、今も23区の周縁に公園や農地が多いのはそのためだという。市街化区域内では92年以降に生産緑地地区に指定された場所を中心に農業が行われ、畑の脇に標識が設けられている。
東京の区部で最も農地面積が広いのは練馬区で、23区全体の3割強を占めており、次に世田谷区、葛飾区、足立区、江戸川区と続く。街を歩くと、戸建て住宅や低中層マンションの脇で農業を営む様子が目にとまるが、その作物は農協の直売所で販売されたり、軒先で無人販売を行う農家もある。ちなみに練馬区ではキャベツの生産が盛んで、そのほかブロッコリーやジャガイモなどが見られ、近年はトマトのハウス栽培も行われている。今では生産量は少ないが、練馬区はかねてより練馬大根の産地として知られ、その大根の形は細長く、沢庵漬けなどに用いられてきた。沢庵漬けは韓国では”タンムジ”というが、韓国風中華料理のチャジャン麺の付け合わせには欠かせない存在だ。また東京の伝統野菜は「江戸東京野菜」に登録されているものもあり、練馬大根はその代表的なひとつだ。コリアンタウンのある新大久保からも近い新宿御苑あたりを由来とする内藤新宿とうがらしも、ここに名を連ねており、大久保のツツジといい、この唐辛子といい、この界隈では不思議なことに韓国でより好まれそうなものが栽培されていた過去がある。
また韓国では一般的な野菜ではないが、日本でキムチの材料として用いられることがあるのは小松菜だ。小松菜は現在の江戸川区小松川の発祥とされる。徳川吉宗がこの地に鷹狩りに訪れた際、地場の青菜が入った汁を食したことが、その由来とされる。
ちなみに農地が多い練馬区では2019年冬に世界都市農業サミットが開催され、ソウルや東京を含め全5都市の関係者が参加して行われた。韓国での都市農業の概念は日本とは少々異なり、都市の多様な空間で作物などを育てることを意味するようで、鍾路区や蘆原区などの体験型農園を中心にパネルで示されていた。小さく区画された農園で、市民の手により、様々な作物が育てられている。生活の基本となる食と農を、都市住民として再考してみたい。

江西区開化洞の水田

 

 

 

 

 

 

 

 

練馬区内の生産緑地


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