4番目の句の解説を続けてみよう。
「常」は「旗印+常に」の意味を表す。旗印は、葬儀の際に立てる旗で卍章である。
「世」は「世の中+30」だ。世の中は、あの世の相対の概念で、葬儀の行列では30人が旗印を掲げていた。
「有」は「ある+肉の祭物」として使われている。
「跡」は文字通り形跡を意味する。女人がこの世に残したものだ。幼い息子だけでなく、洗濯をしていた井戸、料理を作っていた台所も「跡」なのだ。
この句には涙歌の制作技法である「死者の生前の業績を讃える」美化法が使われている。死んだ女性の生前の業績を記憶し、見習おうという意味だ。
5番目の最後の句をみてみよう。
人曾 奈吉
「人々が涙をながしているよ。あなたのいない世の中に、何でいいことがあるだろう、と言いながら」と解く。人々がすすり泣く場面が目に浮かぶ。歌の中に絵がある。限りない悲しみを抑えながら表現した。絶唱である。
「曾」は「甑(こしき)(蒸し器)+やったよ」という多機能文字だ。甑で餅を蒸すとき、甑の蓋から水分がポタポタ落ちるように、人々が涙を流している様子を表している。あの世へ行く女人に「あなたがいない世の中に、何でいいことがあるだろう」と泣いている。大伴旅人の心をこのように表現したのだろう。
「奈」は「どうして+神壇樹」の多機能文字だ。木に祭壇を用意し祈る儀式だ。
「吉」は「良いこと+祭祀」だ。祭祀を執り行えという「報言」として使われている。
遂に歌が解けた。1294年間の封印が解禁された。歌の中には2人の男女と1人の子どもがいた。
大伴旅人は724年から730年まで、太宰の師として九州・福岡の太宰府に勤めていた。一緒に暮らしていた女人との間に男の子が生まれた。そして730年、中央の官職である大納言に任命され、上京することとなった。上京直前に愛していた女人が亡くなり、涙歌を5首作った。446~450番歌だ。本作品は、女人が残した子をしっかり育て、彼女の名残を記憶し、見習うようにするという歌だ。そして1年後、亡くなった。
作者・大伴旅人の子孫に対する検討が必要になった。彼には有名な息子がいる。大伴家持、万葉集の編纂を完成させた人物だ。446番歌に出る、世の中の道理を知らない妻が残した幼い息子は、家持の弟だ。
大伴家持は父が残した446番歌を万葉集に収録した。父親の思いを受け継いで弟の世話をしたから、息子をよく育てろと詠んだ446番歌を入れたはずだ。万葉集を完成させる頃には、彼の弟は30歳くらいになっていたはずだ。
大伴旅人の子孫について詳細な調査が行われ、その結果446番歌の内容と一致すれば、と期待したい。そうすれば、郷歌制作法が正しいという証の一つになる。
遠からず、大伴旅人のすべての作品が解読されれば、彼の一生がよりリアルに再構成され得る。読者の皆さんには、もう少し待ってもらいたい。
冬の旅びと 万葉集446番歌<了>