韓国検察は6月、「サンバンウルグループの違法対北送金」疑惑をめぐり、李在明・共に民主党代表を収賄などの容疑で起訴した。李華泳・元京畿道副知事が同事件の1審で量刑を言い渡されてから5日後のことだ。李華泳元副知事の判決文には、京畿道の対北事業と、関連人物らによる事件の経緯が記録されており、さながら伏魔殿の様相を呈している。 (ソウル=李民晧)
■訪北推進の背景と経緯
李華泳元副知事の判決文はA4用紙292ページにも及び、李在明代表が対北事業と訪北を推進した経緯が記載されている。発端は2018年9月18日、文在寅と金正恩が対面した南北首脳会談にさかのぼる。この時、当時の朴元淳ソウル市長は特別随行員に抜擢されたのに対し、京畿道知事である李代表の名前はリストに掲載されていなかった。
その背景をめぐっては「(文在寅)青瓦台が次期大統領候補に朴市長を指名した」との説が流れた。首脳会談から2週間が経過した10月2日、李華泳副知事は中国で北韓側と接触し、事業に関する協議を開始した。李華泳主導のもとで行われた京畿道と北韓との接触はその後、さらに加速した。同氏は10月だけでも2回北韓に渡り、京畿道の対北事業、及び李在明知事の訪北について話し合った。
1カ月後の11月16日には、李種革・北韓アジア太平洋委員会副委員長など北側代表団5人が来韓し、京畿道が主催した「アジア太平洋の平和と繁栄に向けた国際大会」に参加した。会議で李知事が「平壌の玉流館冷麺をまだ食べたことがない」と述べたところ、李副委員長は「京畿道に玉流館の支店を開くため、まずは北韓に来てほしい」と訪北を提案した。続いて李知事は「陸路で平壌に行きたい」と言うと、李副委員長は「それでは膨大な時間がかかる。別の手段を探そう」と述べた。
その後、「別の手段」として合意がなされたのは、平壌まではヘリコプターで移動し、平壌市内ではドイツ車で移動する、というものだった。この時、事件の肝となる争点「サンバンウルグループによる北韓に対する費用代納」問題が浮上する。北韓はヘリコプターなどの稼働費用として、サンバンウル社のキム・ソンテ会長(当時)に500万ドルを求めたが、最終的に300万ドルで合意に至った。判決文にはキム会長の証言も残されている。
「ソン・ミョンチョル(朝鮮アジア太平洋委員会副室長)は当時、李在明知事が訪北した場合は自分が担当すると言い、『文在寅大統領が来たら空港にキム・ヨンチョルかチェ・リョンヘのどちらか一方のみが迎えに行っていた。しかし、もし李在明知事が来たら二人そろって空港に出迎え、かつて文在寅大統領も訪ねた白頭山に行く際も最新型ヘリコプターとドイツ車を用意する。街頭で人々に歓迎させるのも、文在寅が来北した時よりもっと盛大に行う』と本人に約束していた」と述べた。
■李在明を収賄容疑で起訴
李華泳元副知事の判決文は、李在明知事による「対北送金」関与疑惑に対し、キム会長などの関係者が行った陳述を事実として認めた格好だ。李在明知事は翌年の19年末まで訪北計画を推進している。19年3月には子ども向けの栄養補助食品とマラリア感染予防用品の援助を理由に訪北を検討。さらに同年6月には「コメ10万トン」の支援を約束し、北韓側に招待を求める公式文書を送った。9月には台風被害の復旧支援、11月には民族協力事業会議などを名目に北韓側に招待を求めた。
検察は今年6月12日、「サンバンウルグループ違法対北送金」疑惑をめぐり、李在明代表を収賄などの容疑で起訴した。李華泳・元京畿道副知事が同事件の1審で9年6か月の懲役を言い渡されてから5日後のことだ。これにより、李在明代表は計7件の事件における11の容疑で裁判を受けることになった。
現在、検察は19年の京畿道知事時代、李代表がサンバンウルグループの対北事業を支援する見返りに、京畿道が北韓側に支払うべきスマートファーム事業費(500万ドル)と自身の訪北費用(300万ドル)を合わせた800万ドルをキム・ソンテ会長に代理で支払わせたと見ている。これに対し李代表は「検察の作り話」と述べて強く反発した。
共に民主党は、サンバンウルの北韓送金代納疑惑事件を捜査した2人の検察官を弾劾し、国会に召喚して調査すると息巻いている。加えて、李代表を北韓送金の共犯者として起訴した部長検事を告発し、当該検事などを捜査する特別検察法の制定を進めている。これはすなわち、捜査担当者を公の場でつるし上げ、司法行為を妨害することを意味している。法治国家の根幹を揺るがす行為として非難されるべきだ。
■訪北取り止めと任鍾晳
一方、李華泳元副知事の判決文には、18年9月に行われた南北首脳会談の際、李在明京畿道知事が随行員から外れた背景に関する複数のメディア記事が引用された。そのうちのひとつがインターネットメディア「ニューデイリー」(「次期は朴元淳?…青瓦台、李在明抜きで平壌へ」18年9月17日付)の記事だった。この記事によると、青瓦台に朴元淳ソウル市長(当時)の人脈が行き渡っており、南北首脳会談準備委員長だった任鍾晳・大統領秘書室長も朴市長の最側近であることが、李在明代表の訪北取り止めに影響を与えたという趣旨だ。任鍾晳室長は、朴市長が20年に女性秘書に対するセクハラ事件で自殺した際にも、「朴元淳は最も清廉な公職者だった」と断言するほど朴市長とは近しい間柄だった。
この件が尾を引いたのか、任鍾晳室長は今年4月に行われた国会議員選挙で、共に民主党の公認を受けられなかった。「出馬さえすれば当選」とされていたソウルでの出馬を準備していた同氏は、立候補すら出来ないまま苦杯を喫した。これは、李在明代表が民主党を支配している状況とも無関係ではないようだ。李代表が大統領選に立候補した際も、任室長は選挙の遊説に加わることを希望したが、李在明キャンプ側が拒否したと伝えられている。
強力な次期大統領候補だった朴元淳の退場と任鍾晳をはじめとする朴の側近たち。同じ党内のもう一人の大統領候補、李在明代表と彼を支持する人々。野党陣営の権力者らによる抗争は過去にもあった。そして今もまた、水面下でさまざまな権力闘争が行われており、新たな伏魔殿が広がりを見せているかもしれない。
|
|
2018年11月、(左から)李在明京畿道知事(当時)、北韓の李種革・朝鮮アジア太平洋委員会副委員長、李華泳京畿道平和副知事が記念撮影をする様子