金永會の万葉集イヤギ 第20回

どんでん返しの実体に向かう快感 万葉集1番歌
日付: 2024年07月23日 11時39分

 詳しい解説は後にする。今回は、ぜひ知ってもらいたい幾つかに触れておく。

「涙歌」とは郷歌の一種だ。初めて聞く言葉だと思う。
涙歌には厳格な法則があった。人が死ぬと、その人の生前の功績をくまなく調べ、それをまとめなければならない。美しくまとめるための方法を「美化法」という。まとめた功績を歌えば、死んだ人の魂はその内容に感動して立ち去る足を止めると信じられていた。涙歌は、霊魂を引き留める魔力を持つ歌になる。

母乳布久思 母親に乳をねだって泣く子どものように、長泣きしろという意味だ。美しくまとめた内容も重要だが、別れを悲しんであげることも重要だった。魂はあの世へ足を踏み出せなくなる。

原文に「菜(名)採 閑」「名告紗」という句が出る。生前の功績を残さず掘り出し(採)、絹のように美しくまとめろ(紗)との意味だ。特に「名告」の2文字に注目してほしい。
古代には「女が男に名前を教えること(名告)は結婚を承諾すること」と解されてきた。しかし驚くべきことに「名前を教える」ではなく「功績を調べる」の意味で使われていた。「名」は「功績」で、「告」は「調査する」という意味だ。これが分かるや、これまでの解読が反転する。どんでん返しの衝撃だ。
「奈」の文字は(万葉集に)繰り返し現れる。木の前に祭壇を設け、神への祭典の儀式を行うという意味の文字だった。

日本の皆さんに申し上げ難いが、でも申し上げねばならないことがある。951年、村上天皇が梨壺の五人に万葉集を解くよう、命じた。万葉集に対する国家次元の体系的な解読が始まった。ところが、不幸にも、当時の万葉集の解読に深刻な問題があった事実を申し上げざるを得ない。
万葉集は日本人のアイデンティティーであり、心の故郷ともいえるほど、日本民族の根源を表すものだ。古代人が生んだこの「青い海の真珠」に深刻な瑕疵があったのだ。
まず題詞から問題があった。題詞には雄略天皇の作品とあるが違った。雄略天皇が逝去された際に、皇后が作ったはずだ。天皇が去らずに、いつも私たちのそばにいてほしいと祈願した歌だった。
万葉集を編纂した者は、皇統の始まりを雄略天皇とした。在位期間は456~479年とされている。「大王」という称号を最初に使用した天皇だ。編纂者は雄略天皇を皇統の出発点とし、皇統が正しく代々続くようにとの念願から万葉集を編纂した。「万代の子孫まで皇統が正しく続くように」―これが「万葉」の意味だったのだ。

次回は万葉集の最後の作品4516番歌を解読する。759年に作られた作品で、美しい内容に出会える。

 どんでん返しの実体に向かう快感 万葉集1番歌
<了>


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