北韓住民の胸から消える金日成・正日バッジ

デイリーNK 高英起の高談闊歩
日付: 2024年07月09日 12時52分

 金正恩総書記は昨年末から韓半島の統一を否定し、大韓民国は敵国、韓民族は同一民族ではないと宣明し、北韓国内から「統一」「民族」などの概念を根こそぎ消去しようとしている。
その一環として、祖父・金日成主席と父・金正日国防委員長に関する記述すらも削除し、業績を矮小化しようとしている。北韓通史では、金日成・正日氏は生涯をかけて韓半島の自主的平和統一を成し遂げようとしたとしている。両氏を称えつづけるうえで、統一と民族は避けられない。
金正恩による北韓だけの独裁国家を確立するためには、統一と民族とセットになっている金日成・金正日思想は障壁となりうるために、北韓史における両氏の業績を矮小化しなければならない。同時に、金正恩氏の業績を際立たせようとしている。これが金正恩式歴史修正である。
5月21日に行われた朝鮮労働党中央幹部学校の竣工式では、北韓史上初、金正恩氏の肖像画が登場した。党中央幹部学校の元の名称は「金日成党中央幹部学校」だが、金日成名を外した学校(改称は2022年)のリニューアルオープンで自身の肖像画を初めて掲げた。「当て擦り」ともいうべきか。そして、労働党中央委員会第8期第10回総会拡大会議(6月28日~7月10日)では、ついに金正恩バッジが登場した。
北韓の国民が一定の年齢になると左胸に着けることを義務づけられるバッジは肖像徽章といわれる。金日成バッジともいわれるが、現行は金日成・正日氏の2人の肖像である。
1990年代から2000年代にかけて、一部の好事家が北韓文化に目をつけはじめてからは、奇妙なことに金日成・金正日バッジはレア・グッズとなる。中朝国境では質の悪いレプリカまで出回るほどだった。金正恩バッジは10年ほど前から一部で登場したという噂があったが、実際のところ確認はされていなかった。バッジの写真なども出回ったがレプリカの可能性もあることから、真偽は不明だった。
公式行事において、金正恩氏は当初は金日成・金正日バッジを着けていたが、いつしか着けたり着けなかったりと特にこだわりがなさそうだった。
一方、李雪主夫人も、金日成・金正日の遺体が安置されている参拝行事以外では、バッジはつけずにコサージュをつけることが多かった。李夫人の装いに対するこだわりは尋常ではない。古くさいプロパガンダに対する反抗というより、単にこだわりのファッションがバッジによって台無しにされることが耐えられなかったのだろう。
たかがバッジではあるが、24年に入って、3代肖像画が掲げられ、その直後に金日成・金正日バッジと替わるような形で金正恩バッジが登場した意味は非常に大きい。
現在のところ、100%の幹部らが金正恩バッジを胸に着けているわけではないが、いずれ金正恩バッジのみに取り替えられるだろう。そして26年に開かれる予定の朝鮮労働党第8回大会までに「金正恩の北韓」を完全に確立する心積もりと見られる。


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