金永會の万葉集イヤギ 第18回

大津皇子は何も言わなかった。謀反事件の真実は何だったのか 万葉集165・166番歌
日付: 2024年07月09日 11時29分

 次は166番の歌だ。

礒之於尓 生 流
馬 酔
木乎
手 折 目 杼
令 視 倍 吉
君 之 在 常 不言尓


岩なのね水が出て流れるわ。
馬が酔ったようによろめく。
捨てられた棺の欠片よ!
(案内する者が)手で枝を切り、周りを見回りながら、織機の杼(ひ)のように丹念に見ながら(弟の墓を探す)。弟を見られるように私を墓に連れて行って祭る。君のところへ行き、墓の前に立つが、君は常に言葉がないわ。

これまでこの歌は次のように解釈されていた。
磯の上に 生ふる馬酔木(あせび)を 手折らめど 見すべき君が 在りと言はなくに(水際のほとりに咲く馬酔木を手折って見せたいけれど、見せたいと思うあなたがこの世にいない)。
大津皇子の墓は、謀反者への仕打ちの例に漏れなかった。

 礒之於尓 生 流 馬 酔 木乎
岩なのね水が出て流れるわ。馬が酔ったようによろめく。捨てられた棺の欠片よ!
木は棺と解く。弟を埋葬したのち、人夫たちが棺の欠片をむちゃに捨てたのだ。謀反者だったからだ。それを見た姉は、嘆きながらよろめく。乎は嘆息するという意味だ。岩からは水が流れ、馬は酔ったようによろめいた。実は弟の棺の欠片を見て、皇女が涙を流しよろめいたことを、岩から水が流れ、馬がよろめいたと喩えたのだ。大来皇女が激情を抑えている。悲嘆の極みを表した最高級の表現と言える。
手 折 目 杼 
(案内する者が)手で枝を切り、周りを見回りながら、織機の杼(ひ)のように丹念に見ながら(弟の墓を探す)。杼は機織りの道具で、横糸を巻いた菅を入れて縦糸の中を左右にくぐらせて使う。
令 視 倍 吉 
案内する者が、弟の墓に私を連れて行って祭る。倍は、大来皇女を墓へ案内することだ。皇女はそこで、持って行った食べ物で弟を祭った。
君 之 在 常 不言尓 
君のところへ行き、墓の前に立つが、君は常に言葉がないわ。弟に尋ねた。姉に何か言いたいことがあるかと。だが、弟はいつものように何も言わなかった。問う姉と語らない弟、墓の周囲は寂寞とした。皇女の声だけが響いていた。この寂寞の中に謀反事件の真実があるはずだ。
この場面を最後に、大来皇女は夜空の流星のように万葉の空から消える。彼女は661年に生まれ、702年に亡くなった。伊勢から飛鳥に呼び戻されてから14年後のことである。享年41。皇女を称える祭りが今も行われているそうだ。祭りを行う人々に、姉弟の本当の最後の姿を教えてあげたい。大来皇女と大津皇子の冥福を祈る。

 大津皇子は何も言わなかった。謀反事件の真実は何だったのか 万葉集165・166番歌<了>


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