いま麹町から 38 髙木健一

北朝鮮との外交~特別取極は個人にも
日付: 2024年06月25日 11時23分

 最近の報道では、日朝間でモンゴルにおいて会談がなされたとか、北朝鮮側は偵察総局の外貨獲得関係者らしいなどと洩れてきています(韓国紙「中央日報」2024年6月13日)。この点に私も関心を持ちました。
すでに指摘しているように、サンフランシスコ平和条約第4条により、日本は北朝鮮当局および「住民」に対して、請求権(債権)処理のため「特別取極」をしなければならないのです。例えば、戦前の郵便貯金などの住民の債権を「現在の価値」で貯金の持ち主に届くような取極めです。
「現在の価値」とは宮沢首相の言だったと思いますが、1994年頃、台湾人の戦前の預金などを120倍にして支払った事例があります。私たちはサハリン貯金裁判(2007年)でこれを基にして156倍を要求したことがあります。これを日本政府は意識していると思うのです。

小泉訪朝時の日朝平壌宣言(2002年)には「1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした」との一文があります。
植民地からの独立に当たって、請求権の相互放棄が「基本原則」であるなどと聞いたことがありません。経済協力の見返りに請求権を放棄させるのは日韓請求権協定と同じですが、日本の「優秀な官僚」によるアイデアに引きずられたものに違いありません。
さらに、この日朝平壌宣言には「双方は国際法を遵守し」とあります。上記の特別取極は戦後、日本の国際公約として最も優先的に実行しなければならないものなので、日本は誰に言われるまでもなく、積極的に取極を実践しなければならないのです。

サハリン韓国人の預金返還の裁判で、日本政府はこの特別取極は相手のある外交上の交渉であり、時間がかかると言って逃げました。しかし、この取極の義務は北朝鮮にはなく日本にあることを忘れてはなりません。
半世紀以上放置するなど許されないのです。まして、相手が拉致をしたとか、ミサイル実験をしたことを理由に特別取極を後回しにすることも出来ないはずです。日本の独立の条件というべき連合国に対しての国際公約なのですから。
しかも、サ条約第4条では、「現にこれらの地域の施政を行っている当局」として、外交関係のない北朝鮮や台湾のことを特に念頭に置いているのです。
そして重要なのは、この特別取極は北朝鮮「当局」だけでなく、その「住民」の債権の処理なので、北朝鮮の人々への直接の補償になる点です。その意味で日韓請求権協定(2条)では、両国間の請求権に関する問題が、サ条約「4条(a)に限定されたものを含めて完全かつ最終的に解決されたことになる」とありますが、同協定では、個人(住民)への債権の処理の規定は一切なく、なぜ「含めて」解決されることになるのか不思議です。
いうまでもなく、国であっても個人の請求権を勝手に放棄することは出来ません。そこで現在の韓国の大法院の判決のように後になって個人が裁判を提起すれば、日本国も日本企業も責任を負うことになるのです(本年6月20日も、韓国で熊谷組が裁判で負けました)。
ところで、1965年の日韓請求権協定成立の際には、日本政府は法第144号として、韓国人の財産権等の請求権を消滅させたのですが、北朝鮮との国交正常化の際の特別取極めに当たっても、同じような法律を制定することになるのでしょうか。作ったとしても日本国内でしか効力のない法律は、北朝鮮の住民には効力が及びません。


閉じる