汚物風船から軍事行動にエスカレート?

デイリーNK 高英起の高談闊歩
日付: 2024年06月11日 12時34分

 北韓が5月28日から6月2日にかけて、動物の糞便やゴミなどが入った袋を吊るした風船、いわゆる「汚物風船」を韓国へ向けて飛ばした。
5月29日には、金与正朝鮮労働党中央委員会副部長が「汚物は誠意の贈り物」とする談話を発表し、衝撃を与えた。6月2日、北韓国防省のキム・カンイル次官が汚物風船を暫定中止する談話を発表したが、8日からは汚物から紙くずに変えて風船を散布した。金与正氏の談話に先立ち、キム・ガンイル次官は5月25日に発表した談話で、「国境地域での頻繁なビラとごみ散布行為に対しても、やはり真っ向から対応する」と予告していた。
一連の汚物風船は、脱北者団体の対北ビラ散布に対する報復だということだが、汚物を飛ばすとは前代未聞である。韓国と北韓は6・25戦争(1950年~53年)の時以来、政府当局や民間団体がビラの散布合戦を繰り広げてきたが、かつてのモノは、それなりに品位を保っていた。
北韓は、韓国に経済力で勝っていた60年代から70年代にかけて、自国は「民衆中心の国」であり「医療費も要らず公害のない民衆が住み良い社会」であると宣伝し、金日成主席の偉大さをアピールしたビラは、一部の韓国国民に対してそれなりの説得力を持ったかもしれない。
だが、韓国が高度経済成長を経て豊かになるにつれ、ビラを通じた宣伝力でも自ずと差が付き始めた。韓国当局は80年代、水着姿の美人タレントらの「悩殺写真」を刷ったビラを前線の北韓兵士めがけて散布し、脱走と亡命を促した。北韓が韓国に汚物や紙くずを飛ばすのは、すでに自国の「優位性」を誇るネタもなく、嫌がらせしかできなくなったことを自ら認めているに等しいと言えるだろう。
さらに、汚物やゴミすら不足しているため、より多くの汚物風船を飛ばそうにも飛ばせないのではという見方もある。経済難で食糧とモノの不足が深刻な北韓では、日本や韓国ほど大量のゴミが出ているわけではない。むかし、旧ソ連などの支援を受けていた時代には、韓国に負けじと政治宣伝ビラを南に向けてバンバン飛ばしていたが、今はそうもいかないだろう。
今回の汚物風船は糞便と思しきものまで運んでいたようだが、これもまた北韓では不足気味だ。同国農業は化学肥料が足りず、堆肥に大きく依存しており、毎年1月には理由は国民総出で「堆肥戦闘」なるものが行われる。
不足する化学肥料を補うために、1人当たり何百キロもの人糞を集めて堆肥を作って農場に納めるというものだ。しかし、そんなに大量に集めるのは容易ではない。ノルマを達成できなければ罰金などのペナルティーを科されるため、他人のものを盗んだり、売買したりもする。
要するに、対立する国を苦しめるためにどのような作戦を展開するにせよ、決め手になるのは経済力であるということだ。韓国政府は汚物風船に対抗して対北拡声器放送を6年ぶりに再開したが、北韓はどれほど対抗できるのだろうか。
汚物風船作戦に限界を感じた北韓がより強力な対抗措置、すなわち軍事行動に出る可能性もなきにしもあらずだ。


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