永住者の資格を得た後に税などを滞納するケースが一部で見られるという複数自治体からの報告を受け、日本政府は今回の入管法改正で永住者が税や社会保険料を故意に納めない場合、永住許可を取り消すとの内容を急遽追加しました。以前から技能実習制度に代わる育成就労制度については話題になっていましたが、永住資格取消については唐突な印象があります。実際に、「当事者へのヒアリング」「専門家を交えた議論」「具体的な非納入事例の数的根拠」は不十分であり、拙速さゆえに三つの乖離が生まれたと考えています。
第一に、法的な平等性です。軽微な法令違反については、従来同様に日本国籍者と同じ対応(督促や差押え等)がなされて然るべきです。重大犯罪を犯したのならば国外退去も致し方ない部分もありますが、永住者が納税義務を怠ったことで在留資格を定住へ変更されるのは、罰則の重みが日本国籍者と大きく異なり、平等性が保たれていません。
第二に、収入に対する認識です。今回の件でのネットの反応を見ますと「納税は当然するものなのだから、改正案は問題無い」という意見が散見されます。確かに、普通に会社勤めをしている人の大多数にとって、税金等は給与から自動的に引かれ、未納入トラブルは異常事態と感じられることでしょう。しかし、70~80代を頂点に在日韓国人は自営業者の比率が高く、課税当局との見解の違いによって「故意に」納税を怠ったと見なされる事例も起こり得ます。また、企業等に就職していても、社内の争いや人間関係の不和に巻き込まれて退職を余儀なくされたり、心身の不調で辞めざるを得ない人もいます。そうした人の中には十分な能力があっても再就職の機会が得られず、税や保険料等を滞納してしまうことも想定できます。永住者は現在89万人居ることを考えれば、不運にもそうした状況に陥る人は一定数存在してしまいます。
第三に、永住者の覚悟に対する認識です。日本で永住の在留資格を取得しようとする場合、厳しい要件を達成するのと同時に、各種の書類も準備しなければなりません。また申請に際しては、身元保証人の印鑑や各種証明書も必要となりますので、日本で世話になった方からの信用が前提となる資格でもあります。そもそも、日本で永続して暮らしたいとの思いが高まり、各方面からの協力もあって取得した資格ですから、税金等を払わない方便として永住資格を使うことは、極めて稀な事例といえます。
こうした現実との乖離は新たな永住資格申請に躊躇を生みます。岸田文雄首相は5月24日の参議院本会議などで「(外国人から)選ばれる国になることが必要不可欠」と述べていますが、永住を望む外国人に疑いの目を向ける法改正を行う国と行わない国があれば、後者を選ぶのは自然なことです。日本にとって外国人材獲得の代表的な競争相手は韓国ですが、韓国では永住権の取消要件として、性犯罪、違法薬物犯罪、安全保障に関わる罪、国家保安法違反などの重大犯罪(主に懲役5年以上)を挙げているものの、税金や社会保険料を納めないといった事象には言及していません。
永住者の増加は、少子高齢化で縮小を余儀なくされる社会や労働分野を共に維持していく構成員を迎え入れるプロセスでもあります。一方、今回の改正案は外国人に対し、犯罪やトラブルを連想してしまう日本社会の認識が現れたものといえます。
21世紀に入り、ヨーロッパでは表立ってイスラム教徒や移民への嫌悪を表明しなくなった代わりに、社会通念や基本理念に反しているとして、公の場でのスカーフ(ヒジャブ)の着用やモスクの尖塔(ミナレット)の新設を禁止する動きが見られました。実際には意識の奥底にある排除のメッセージを露骨に伝えながら、それを別の理由で行うような対応が日本でも広がりつつある。近年、私が抱えて来た懸念が、今回の改正案で一層大きくなったように感じています。