ドラマと文学で探る韓国⑪ 都会に潜む悪意の正体② 青嶋昌子

日付: 2024年06月04日 12時40分

 考試院で暮らし始めた『甲乙考試院~滞在記』の主人公はこの時20歳。生きていれば、いろいろあるさ、と彼は言う。父親の会社が不渡りを出し、借金取りに追われて一家は離散する。
原因は、父親の実の弟が働いた詐欺だった。
家を失い、友だちの家を転々としていた主人公だったが、春になるとそんな寄宿生活も限界を迎える。ある日、朝食を食べようとしたら、彼のお皿にだけ目玉焼きがついていなかった。卵を切らした、という友だちの母の言い訳とは裏腹に、冷蔵庫の上には卵が2パックも置いてあった。すぐに出ていくことを決めた主人公だが、ほんとうは目も口もふさいで、その家の柱とか門扉にでもなりたい気分だった。
兄がなけなしの30万ウォンをだまって渡してくれた。それを持って主人公は考試院の門を叩く。
弱冠20歳で世の中の世知辛さを知った主人公。そんな彼に追い打ちをかけるように「キム検事」と呼ばれるお隣さんから騒音を注意される。
こうして、まんじりともしない一夜を過ごした主人公は「キム検事」と厚さ1センチのベニヤ板をはさんで「同居生活」をはじめることになる。「キム検事」が鼻水をすする音、ボールペンが机を転がる音……。隣の音を聞きながら、主人公はやがて気配を殺した人間になっていく。

同じように考試院で暮らし始めた『他人は地獄だ』のジョンウもまた、地方からソウルに出てきてお金もなければ、頼れる人も多くない孤独な状態だ。
古びた考試院のベッドに寝転んで寂しさをかみしめるジョンウ。インターンとして入社した先輩の会社では、まともに仕事を教えてもらえず、疎外感を深めていく。
先輩を頼ることも同僚に助けてもらうこともできず、鬱屈した思いを恋人に吐露するが、彼女もやはり会社でうまく立ち回れず、焦燥感に苛まれていた。
恋人との間にも次第に距離が生まれて、ジョンウはさらに孤立していく。ジョンウを演じるイム・シワンは『ミセン未生』や『王は愛する』で知られる演技派だが、除隊復帰作として本作を選んだという点には俳優としての並々ならぬ覚悟が感じられる。幸せそうな恋人たちをぼんやりと見つめるジョンウのまなざしは明らかにまともではない。
美男ゆえに、すさまじいばかりの心の歪みが増幅して見え、ぞくりとさせられる。この点は親切そうな態度でジョンウに近づく歯科医のムンジョも同様だ。美しいからこそ、その裏に隠された不気味さが募っていく。

考試院という閉鎖的な空間で、孤独を抱えた彼らは次第に心をむしばまれていく。韓国では2022年に単独世帯数が34・5%に上昇した(KBSニュース/24年1月23日)。そのうちほぼ半数が、孤独死を懸念しているという。一人暮らしは孤立を招きやすい。それがやがては孤独死へとつながっていく可能性も高い。
日本でも20年の国勢調査によると、単独世帯は38・1%にのぼる。一人暮らしの人を孤立させないために、政府でもNPO団体などの活動に支援を始めている。
『甲乙考試院~滞在記』の主人公や『他人は地獄だ』のジョンウは果たして孤立せずに、社会とのつながりを取り戻せるだろうか?


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