新解釈日本書記「続」応神 幻の大和朝廷 第41回 伴野麓

日付: 2024年06月04日 12時38分

 イザナミは烏丸系朴赫居世(新羅始祖)の一族ではないかと推量したが、夫であるイザナギは、最後に別離の終焉を迎える。その夫婦の故事は、『三国遺事』に記す延烏郎・細烏女の説話を参考にして創作されたのではないかとも考えられる。
日本の上古史上、最も有名なスサノオ(素盞鳴)は、イザナギ・イザナミの子に仕立てられているが、韓半島南部の牛頭山(伽耶山)周辺から渡来したであろうことを明らかにした。そして7世紀に、スサノオは新羅系山陰王朝のシンボルとされ、その対立軸として女神のアマテラス(天照大神)が藤原不比等らによって、百済系大和王朝を正当化するために創作されたことを明らかにした。
さらに、スサノオは鉄剣で銅剣の象徴であるヤマタノオロチ(八岐大蛇)を斬ったのだが、子の大己貴が銅器集団の統領であったことから、親が鉄で子が銅であるのは金属産業の発展史に逆行することから、スサノオは創作された人(神)格と断定した。
ホアカリ=ニギハヤヒの丹後勢力が、出雲に代わって新羅系山陰王朝の宗主国になったと推測されるのだが、そこへアマノヒボコ集団が現われ、ホアカリ=ニギハヤヒ勢力と融合し、次第に実権を掌握していったと考えられる。その頃、ホアカリ=ニギハヤヒの丹後勢力は大和にも進出したとも考えられ、その中心人物は、ホアカリ6世孫のタケタセ(建田背)であったと思われる。そのタケタセこそが、古代の謎を解く一つのキーワードだと感じている。
神武東征譚は、沸流百済の大和侵寇譚であろうことを明らかにしたが、沸流百済が自らの存在を黒子にする手法でもあったことだ。その〈神武紀〉は多方面から虚構と指摘されているにもかかわらず、〈神武紀〉を金科玉条として日本国の建国を解くのが日本史学界の定説のようだが、なにか不可解な体質を感じる。
後の〈綏靖紀〉以下〈開化紀〉までを虚構譚と見なして欠史8代と称されるのだが、それなら大和朝廷は全くの幻ということになる。歴代の事績をかみ砕いても、巨大な大和朝廷などどこにも存在しないのに、いかにも巨大であったかのように論述する向きが多い。〈崇神紀〉の解釈においても、御肇国天皇と称されるのだが、神武も始馭天下之天皇と称され、どちらも同じくハツクニシラスと読まれている。そんなおかしな話、どこにもないだろうと思われるのだが、不思議ともされずに、”謎の4世紀”などと称して、あれこれ詭弁を弄して、その正当化が試みられている。
不条理な現象が続出する『日本書紀』の記述だが、それらを正当化する解釈の論述は”幻の大和朝廷”に振り回された空理空論の拡大再生産というほかない。

 建国王が2人いることはどう考えても不思議

日本史学界は、〈神代紀〉に登場する出雲の国譲りがあって初代神武が大和を平定し、始馭天下之天皇と称し、以来、巨大な大和朝廷を形成したとするのを定説としている。そして、第10代崇神を御肇国天皇と称して、日本国の統治が始まったと見ている。


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