いま麹町から 36 髙木健一

全面的解決のための「基金」を
日付: 2024年05月21日 12時17分

 日本が戦争で残した負の遺産は、未だ清算されておりません。韓国や中国などのアジアの若い世代のナショナリズムの火が鎮まることがありません。これに対して、アジアの解放戦争であったなどと正当化するだけでは何の解決にもつながりません。前回にも指摘したことですが、戦後日本の出発点であったサンフランシスコ平和条約と戦争終結をもたらしたポツダム宣言とカイロ宣言を全て受諾した日本が、それに反することをできる訳がないのです。
ポツダム宣言は「一切の戦争犯罪に対しては厳重なる処罰を加えられるべく」(第10項)とあり、続いて開かれた東京裁判(極東軍事裁判及び連合国戦争犯罪法廷)の結果を平和条約(11条)では、「受諾」する、とあります。
この東京裁判などは戦争責任のうちの刑事的側面ですが、民事的側面の「戦後責任」として「戦後補償」があるのです。

戦争犯罪の被害者(例えば重慶爆撃の被害者など)が損害の回復を求める場合、被害者個人が国家に請求できるとするのが「戦後補償」です。違法行為の被害回復なので、本来「損害賠償」とすべきところ、国家間の戦後処理として、1954年以降、日本とフィリピンやインドネシア、南ベトナムなどの間で「賠償協定」が締結されているので、国家間では「賠償」という用語が既に使用されていました。そこで私は意識的に個人と国家の問題として「戦後補償」という用語を使用したのです。

これまで何度か指摘したように、戦争被害者である個人に損害賠償を求める権利が残っていることは、65年の日韓請求権協定後の法律144号で個人の権利を消滅させたことから、日本としても認めざるを得ないのです。韓国では大法院ですでに認められていることです。最近(2024年4月)、中国でも元慰安婦などの被害者が日本政府を被告とした訴えが山西省高級人民法院に提出されたということです。この裁判が受理されれば大変です。何しろ、戦後補償を求める被害者が桁違いに多いのが中国であるからです。日本は、中国政府に対してODA援助は行いましたが、戦争被害者に対しては何の補償もしていないのです。
しかも中国との間には韓国との日韓請求権協定のような戦前の債権・債務を精算するための協定はなく、日中共同宣言は国家間で「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」ことを定めた(第5項)にすぎないのです。
つまり、事ここに至っては「基金」設立による解決を目指すほかないのです。

ドイツでは、2000年に「記憶・責任・未来」基金をつくり、ドイツ政府と企業が約7000億円の基金を設立し、100カ国にいる166万人超の戦争犠牲者に補償を支払ったのです。最も重い強制収容所に収容された元奴隷労働者に対しては1人約125万円、それ以外は1人約40万円が支払われたということです。
これに至るまでに1998年頃からアメリカでフォルクスワーゲン、ベンツ、シーメンス社などのドイツ企業を相手の強制労働訴訟が相次ぎ、これに応訴するドイツ企業が悲鳴を上げたと聞いています。そこで、ドイツ政府とクリントン大統領が協力し、上記の基金が設立されたのです。アメリカでは弁護士費用が高額なためです。
また、巨額集団訴訟に歯止めをかけるため、両政府は「こうした訴訟はアメリカの外交的利益に反しており、棄却することが望ましい」との声明を盛り込んだ政府間協定を結びました。
日本の場合についても、アメリカ政府の協力を得つつ、日本自身の積極的行動が待たれるところです。


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