新解釈日本書記「続」応神 幻の大和朝廷 第39回 伴野麓

日付: 2024年05月15日 06時23分

 直木孝次郎著『神話と歴史』は、「天皇の系譜は応神からはじまるものであったかもしれない」「崇神以後の5代は、ごく大ざっぱにいって、事実を核としてこれに変形を加えて」と述べているようだが、崇神以後の5代の事績が沸流百済によって簒奪・改変されたことを示唆し、応神以後の系譜は、沸流百済による百済系大和王朝の系譜と見ていいだろうということになる。
謎の4世紀とされる時代に、崇神・垂仁・景行の各王朝が実在したかどうかはさておき、それらの時代と創立を同じくしたと伝えられる古社の伝承は無視することができない。特にそれが『記・紀』の伝承と異伝の形を成している時には注目すべきであると指摘される。謎の世紀の一側面を、そうした神社の伝承が語っている可能性があるということだろう。
自らの存在を黒子にした沸流百済が、崇神王朝を創作して新羅系山陰王朝の事績を簒奪したということを明らかにしてきた。そこでは、大物主↓大田田根子が新羅系山陰王朝の象徴であり、天照大神も沸流百済の隠し名だと考証されている。


 魑魅魍魎の古代史を拡大再生産する〝愚〟

西暦4~5世紀の記事は百済の書物を基準にしてつくられ、年代や内容まで大きくかえられた可能性があると指摘されているのだが、それは沸流百済による歴史偽造と思われる。
高句麗の広開土王に撃破されて倭地に逃れ、瀬戸内海ルートで大和に侵攻し、突如として百済系大和王朝を樹立した沸流百済。自らの存在を黒子とし、新羅系山陰王朝を簒奪して自らの存在をより古く見せるために歴史を偽造してきたということを、随所で触れ強調してきたが、そのような歴史偽造は百済の書物を参考にして行われたことを暗喩している。
神武が沸流百済の傀儡であることはすでに明らかにしてきたが、崇神も沸流百済の傀儡であることを突き止めた。神武も崇神も、沸流百済の傀儡王朝であることを重ねて強調しておきたい。
初代神武が「始馭天下之天皇」、第10代崇神が「御肇国天皇」と、漢字は違うもののともに「ハツクニシラス」という呼び名がついている。ハツクニシラスが2人いるのは確かにおかしいことだ。それを(1)神武は日本がまだ国々の統合が充分でなかった時代の建国王(2)崇神は統合日本の建国王という二段階発展の論述で片付けようとし、その矛盾を誤魔化そうとしているように見える。
とんでもない歴史学というほかない。原初の天照大神は男神のニギハヤヒ(饒速日)=ホアカリ(火明)であったにも拘わらず、いつの間にか女神の天照大神にすり替えられ、結局は女神の天照大神が悠久の昔から鎮座している”史実”として論述されているものだから、魑魅魍魎の古代史を拡大再生産する”愚”を重ねているのだ。さらに歴史学を哲学にすり替えて論述するのも、同様の〝愚〟というほかない。


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