古代史万華鏡クラブ~韓日古代史の謎を解く 講師:勝股優

韓半島の古代から中世の食文化を考える 第47回紙上勉強会
日付: 2024年05月15日 06時10分

 韓日の古代の食文化について研究してきたが、僭越ながら、古代から中世に範囲を広げて、韓半島の食文化の流れを勉強してみた。
韓半島の穀物生産については、北部は麦やヒエ、コウリャンなどの雑穀、南は米が主体というのが常識だが、日本の縄文時代にあたる平安南道の遺跡から農具と共に水牛の骨、咸鏡北道の遺跡から豚の骨が発掘され、明らかに家畜をともなう畑作農耕が行われていたことが判明している。後の魏志東夷伝の韓の条では「好んで牛と豚を飼っている」。韓半島北東の挹婁(ゆうろう)でも「牛と豚を飼い、その肉を食べ、皮を衣服にする」と記されている。それに対し倭(日本)は「牛馬や羊なし」。気候が良いので冬も夏も野菜を食べているとはあるが、家畜まで飼っていなかったようだ。
韓半島では仏教が伝わる4世紀頃までは家畜を飼い、食べていた。家畜とは牛や豚だけではない。韓半島とは文化は違うが紀元前2~3世紀に半島のすぐ北まで迫り、領土を広げていた匈奴の遺跡から発掘された動物の骨についての資料があるので参考になるかも。
それによるとNO.1は犬で27%、以下、羊(21・6%)、牛(17・5%)、豚(14・8%)、馬(13・5%)と続く。古代の韓半島では豚がもっと上位になるだろうが、今でも物議をかもす犬食は日本を含む北東アジアの主役であったことがわかる。
そんな肉食文化が一変するのが仏教を国教とした新羅が529年に出した動物の殺生禁止令。百済と高句麗も続き、全土は肉食禁止となる。これは高麗王朝にも引き継がれるが、穀類や野菜中心の栄養不足を補うためゴマ油を多用する風習が生まれ今に伝わる。
韓半島の精進料理的食文化はモンゴル(元)の侵攻によって激変する。1231年から80年間にわたり高麗王朝を支配。第25代忠烈王の妃もフビライ汗の皇女となる。モンゴル人の食習慣は韓半島の食文化に強い影響を与え、仏教の戒律は骨抜きになる。
やがてモンゴル軍は去っていくのだが、14世紀末に成立した朝鮮王朝がとった崇儒排仏政策により肉食のタブーは完全になくなる。とはいえ、肉は庶民があまり食べられる物ではく、内蔵などあますことなく食べる習慣も生まれた。
ここでまったく私的な疑問がわいてきた。中国では儒教の倫理的思想により、農作業を手伝ってくれる動物を大事にしなければならないという思いがあるらしい。牛がまさにその動物で、古来、牛は天を祀る宗教的な行事の主役のひとつであった。それゆえ中華料理では羊が上等とされ、豚料理が牛料理よりはるかに多い。儒教的に「守礼の国」といわれる琉球(沖縄)も確かに豚肉主体。それに対し儒教の優等生として「東方儀礼の国」と称えられる韓国では牛肉が最高の肉として食べられているのはなぜだろうか。この疑問、笑って読んでいただければ幸いだが、私にはなぜか気になる謎である。


828年に遣唐使の金大廉が茶を智異山に植えてから、半島南部の一帯は名産地となる。写真は華厳寺。ここにも茶畑があったであろう(写真は民団新聞提供。撮影者:宋寛)

 朝鮮王朝の崇儒廃仏で消えた食文化もある。お茶である。仏教と共に飲茶の風習が韓半島に伝わるのは7世紀とされる。寺院は自前の茶園を持ち、智異山を代表に南部一帯は茶の名産地であったという。しかし仏教弾圧により多くの寺院は壊され、茶園も姿を消してしまった。とはいえ〝茶〟という言葉は、高麗人参茶など各種の飲み物として今も残っている。
最後に香辛料について書きたい。唐辛子の伝来についてはあまりに有名で書かないが、古来、韓半島で使われたのは山椒、生姜、紫蘇、芹、蓼といったところで日本も同様である。ところが13世紀を境目に肉料理が一般化するにつれ胡椒が珍重されるようになったという。この胡椒に関して書かれた山本剛士氏の「韓国入門」(三省堂選書)が非常に面白かったので紹介しよう。
胡椒は交易の民だった琉球が中継地となり、九州や対馬を窓口に韓半島に輸出されていたという。当時の日本は薬として用いられていた程度で韓半島の方が需要が多く、琉球から韓半島に届いた時には価格は100倍以上になっていたという記録がある。
どうしても胡椒が欲しかった朝鮮王朝(第9代成宗)は自家栽培を考え、室町幕府に1481年から6年間に11回も胡椒の種を求める要請をし、その意を汲んだ対馬の守護であった宗氏が1483年に胡椒を求める大航海を計画。費用は朝鮮王朝、船の建造と運営は対馬側だったという。航海に成功し種を蒔いても育つはずがないのだが、このプロジェクトは3年後、対馬側が朝鮮側に企画が進まないことを詫びて頓挫したらしい。
とはいえ、韓半島の人々の香辛料へのあくなき思いと追求が17世紀からの唐辛子文化を生んでいくことになる。ゴマ油文化もまたそうだ。


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