西紀663年、韓半島西海岸の白村江で歴史を変える戦闘があった。倭国軍が新羅と唐の連合軍に敗れ、海が血で染まった。倭国軍は撤退せざるを得なくなった。それから4年後、春のある日の飛鳥で、額田王は中大兄皇子から「春山の花が好きか、それとも秋山の紅葉が好きか」との質問を受けた。額田王が出した答えが万葉集の16番の歌だ。原文はこうである。
冬 木 成/春 去 來者 不喧 有之/鳥 毛 来 鳴奴/不開 有之/花 毛 佐 家礼杼/山 乎 茂 入 而 毛 不取/草 深 執 手 毛 不見/秋山乃 木葉乎 見 而者/黄葉 乎 婆 取而曾 思努布/青 乎者 置而曾/歎 久 曾 許之 恨 之/秋山 吾者
万葉集の研究者たちは次のように解いているが、歌の大筋を捉えていない。
冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は
(冬が去り、春がやってくれば、鳴かずにいた鳥もやって来て鳴く。咲かずにいた花も咲く。しかし山が繁っているので入ることができず、草が深いので手折って見ることもできない。秋山は木の葉を眺めながら、黄色くなった葉をとって鑑賞することができる。青葉が少なくなって残念だが、私は秋山が好きだ)
郷歌製作法は次のように解読する。
冬の木のようになっていたわ。春がめぐりまた来るや、鳴かなかった鳥たちが飛んできている。鳥たちが大海人皇子のところに来てさえずっているわ。花も咲いていなかったわ。いま花々は皇子を迎えているわ。皇子が織機の杼(ひ)のように女人たちに入ったり出たりしている。春の山には木の葉が生い茂ってその中では皇子に会えず、皇子を捕まえたくても茂みのため、全く見えないわ。秋の山に木々の葉が落ちるのを見て黄色い葉を拾ったわ、大いに悲しんであげたわ。落ちた青葉は泣きながら胸にしまったわ。嘆きながら長く涙を流したわ。ボロボロ泣いたわ。嘆じたわ。秋の山の方が好きだわ、私は。
一節ごとに解いてみよう。
冬 木成
(大海人皇子は戦争で敗れたため)冬の木のようになっていたわ。
春 去 來者 不喧 有之/鳥 毛 来 鳴奴
春が去って(また戻って)来ると、鳴かなかった鳥たちが飛んできて(大海人皇子のそばに止まって)いるわ。鳥たちが皇子のところに来てさえずっているわ。※敗戦後、大海人皇子が飛鳥に戻ってきた。人々がまた周囲に集まった。
不開 有之/花 毛 佐 家礼杼
(花も)咲いていなかったわ。今は花々が皇子を迎えているわ。皇子は杼(ひ・織機で横糸を入れて縦糸の間をくぐらせる舟形をした用具)のように花々に入ったり出たりしているわ。*毛はひげを生やした大海人皇子、家は女のことである。
額田王、私には愛しかないわ 16番歌<続く>