東京韓国学校が70周年

在日社会の民族教育を先導
日付: 2024年05月01日 12時44分

 東京韓国学校が先月26日、開校70周年を迎えた。在日社会で民族教育を実践する”特別な”場所として、日本の首都圏で存在感を増している。一方で、同校が今日の発展を迎えるにあたり、民団・大使館を中心に在日社会の支援と協力があった点も看過してはならないだろう。関係者に取材した。

記念式典に1600人が参席

 東京韓国学校は先月25日、開校70周年記念式典を開催。同校のグラウンドでオープニングセレモニーが執り行われた。在校生・保護者・教職員・来賓など約1600人の関係者が会場に詰めかけた。

東京韓国学校・開校70周年記念のオープニングセレモニーで同校の歴史や沿革を述べた李勲雨教頭


式典では開会宣言・国民儀礼に続き、李勲雨教頭から1954年に同校が設立した歴史や沿革について説明、鄭會澤校長が記念辞を読み上げた。
続いて尹徳敏・駐日大使の祝辞を金壯炫公使が代読。また、呉公太・東京韓国学園理事長の祝辞を尹逸柱理事が代読した。また、梁鎬錫・駐日大使館主席教育官が激励辞を述べた。
式典後、初等部の高学年生徒と中・高等部の生徒らは、それぞれの体育館で記念文化祭を開催。初等部のクラスごとの出し物では合唱が多かったが、学年が上がると英語の歌唱や手話を交えての発表があり、多彩だった。中・高等部の出し物ではKPOPなどのダンス発表が、照明効果の面などでも本格的だった。
初等部の記念文化祭閉会辞を述べるため再び登壇した李教頭は、2000年にはじめて赴任し、25年間を過ごしながら、かつて家庭訪問などを行って生徒集めに奔走していたが、今は入学したくてもできない子どもたちがいることに時代の流れを感じると話した。また、「東京韓国学校は大韓民国にもない特別な学校で、その学校に通う生徒の一人ひとりが特別な存在。今日は学校でキラキラ輝く皆の笑顔が見られて幸せだった」と励ましの言葉を伝えた。

■東京韓国学校70年の歴史

東京韓国学校は1954年4月26日、当時は民団中央本部が置かれていた現在の住所(新宿区若松町)に、駐日韓国代表部・民団・在日同胞社会が尽力して設立された民族教育機関。同年に初等部・中等部が開設し、高等部は翌年に開設された。
開校以来、東京韓国学校は在日同胞社会・大使館との連携で学内のガバナンスを構築。学校長をはじめとする本国からの教員の派遣、韓国政府による予算支援、本国の正規教育課程に基づくグローバル教育プログラムを確立した。また、小中高一貫の学校経営、韓日両国社会に対応するためのK班(民族教育)とJ班(日本式教育)の運営、英語イマージョン教育の導入、文系・理系・芸能教育のバランス維持など、さまざまな教育改革を推進してきた。
当日は来賓の一人として参席した、同校で43年間にわたり教壇に立った李和枝さんによると、東京韓国学校の歴史の中で3回の転期があったという。(1)1970年代に生徒集めのため、教職員が東京・神奈川・埼玉などの在日同胞の家庭を訪ね、入学の呼びかけを行ったほどであった。(2)1993年に土曜学校を開設したことを契機として、在日の子どもたちが多く学校にきてくれるようになった。(3)2004~06年代にはJ班導入をめぐり学校と理事会が紛糾するなどの経緯もあったという。「入学希望者の数が安定した今の状況から考えると、あの時にJ班導入を決断した功績は大きかった。当時は大変だったが、いま語り継いでおくことの重要さも感じている」と李和枝さんは語った。

■在日社会の民族教育先導

現在、東京韓国学校の定員は、小学校が18学級で720人、中等部が9学級360人、高等部が9学級360人の計1440人。教員が計100人であるため教員1人当たりの学生数が14人となる計算である。また、韓国政府の認可を受けている在日同胞社会の民族学校には、東京韓国学校のほか、白頭学院(建国学校)・金剛学院・京都国際学院・名古屋韓国学院などがある。
在日同胞社会の民族学校として卓越した実績を有する東京韓国学校の今後の発展にますます期待がかかる。

初等部学生らは記念文化祭で東京韓国学校に「誕生日おめでとう」と感謝を伝えた


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