「大長編小説『火山島』はいかにして生まれたのか?」と謳った、日本人の安達史人と児玉幹夫の両氏がインタビューした書籍が2010年に刊行されている。
書名を正しく記すと『金石範《火山島》小説世界を語る!』である。小説世界と断っているから、フィクションである。フィクションだからと言って、金石範の小説世界の解説を形成している歴史的事実までも「フィクション」のごとく扱ってよいものだろうか?
安達史人氏の解説には、いくつもの事実誤認がある。金石範が済州島4・3事件をフィクションの手法によって、その真実性に迫ろうとしている以上、その解説は注意深くあるべきだ。
だが、「済州島4・3事件/在日と日本人/小説家金石範」と前書きし、金石範にインタビューする安達史人氏の解説には冒頭から大きな誤認がある。すなわち、歴史的事実をフィクション化しているのだ。
それは、この『火山島』を書いている金石範本人もそうなのであるが、安達史人氏が規定している「在日」の実情が実態と異なっているということである。
安達史人氏は在日を「日本の植民地時代の兵役や強制連行その他の理由によって日本に来たのである」(15頁)と規定している。
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金石範と共に『季刊三千里』誌を起ち上げた、金達寿と朴慶植は子どもの頃に先に渡日していた親に引き取られる形で来ている。直接、朴慶植に強制連行で日本へ来たのですか、と尋ねたら即座に否定された。同じく在日一世の姜在彦・李進熙・尹学準は、1950年の6・25戦争を回避しながら、向学心に燃えて渡日したと発言している。金石範も強制連行や兵役のため玄界灘を越えて来た、とは記述していない。金石範と共著を出している同郷の金時鐘も、自ら日本へ渡ってきたとしている。
さらに安達史人氏は、この朝鮮半島と日本の間に位置する「済州島」への理解が足りない。済州島の人びとは明治になるや、真っ先に日本へ出稼ぎに来ている。その結果、九州には済州島の漁民が移住してきた集落も出来ている。
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済州島と五島列島が民俗学的な近縁関係にあることは知られている。それに運針の方向が済州島は朝鮮半島と異なり、日本列島と同じであったため、女性は縫製工として重用された。
鐘紡が済州島女性を優先的に採用したために、その工場周辺に済州島コロニーがいち早く作られた。金正恩の母親とされる女性は済州島の縫製女工の子女である。
つまり済州島島民が明治以降、ある意味で自由に日本へ渡ってきたことが、4・3事件を独特な形での武装蜂起に至らせている。故に、4・3事件が済州島単独の事件にならなかったのである。済州島の人びとは、島外では日本にたくさん住んでいたから当然である。
講談社から『北朝鮮を継ぐ男』と題して、南労党の指導者であった朴甲東の伝記が刊行されている。米進駐軍の国際共産主義運動への弾圧過程で、朴憲永など南労党幹部は38度線以北へ移って行く。
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38度線以南のソウルに残った朴甲東が朴憲永党首に代わり南労党を指導することになった。その朴甲東は韓国における共産革命のため、済州島の南労党党員を日本へ潜入させたとも語っている。
日本に潜入させた理由に、後方攪乱と物資調達の目標があったとされる。
つまり6・25戦争の目前に、済州島の南労党党員は日本へ潜入している。済州島から日本へ潜入した南労党員が日本の各地で騒乱を起こし、米軍を牽制したことも知られている。その中には、済州島4・3武装蜂起にいち早く呼応した事件があった。